標準語彼女




「なまえ、今いい?」


そんな呼び声に頷いて、お尻が四角くなりそうな硬いイスから立ち上がる。でも思った以上に固まっていた足が前に出なくて、おっとっと。机の間でよろけていたら、大きな手が腕を支えてくれた。「何遊んでんの」って、ちょっと吹き出さないでよ。お恥ずかしながら、四時間も座ってたらこうなるんです。


「ありがと倫くん」
「どういたしまして」


背後からやわらかく刺さる友達のにやにやした視線も凄く恥ずかしいし、何だもう。「ごめん、借りてく」「ええよ。次移動やから早めに返してや」なんて二人の軽やかなやり取りでさえ恥ずかしい。関西ではこれが普通なんだろうか。んん。

火が出そうな顔を伏せて「早く行こ」って倫くんの裾を掴む。そのまま廊下に引っ張っていったところで「伸びるからこっち」って手を繋がれた。乾燥気味の骨張った指が絡まって、体温が溶ける。わざとらしい恋人繋ぎに、どくんと跳ねた鼓動。


「っ……」


ずるい。こういうことに弱くってすぐ真っ赤になってしまう私を知ってるくせに、猫背を更に丸めながら腰を屈めてまで視界に入ってくるなんて、本当意地が悪い。

完全に足が止まってしまった私をのそのそ壁際に追いやった倫くんから影が落ちる。さすがに腰が辛かったんだろう。背高いもんね。


「顔見せて」
「今はダメ」
「いいじゃん。いつも見てるし」
「やだ」
「なまえ」
「そういうとこほんと無理」
「嫌い?」
「…………、好き……」
「ふっ」


だから吹き出さないでってば……もう。


【夢BOX/角名くんと標準語の彼女さんの話】




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