爪先から喉までの休息




ウォータークーラーのレバーを踏んで、冷水を喉に通す。何でこんなに暑いのか。年々上昇する気温の中、炎天下でハードルだなんて正に地獄と変わらない。先生も同意見なのか、はたまた熱中症が怖いのか両方か。順番が来るまで木陰で休んでいていいと言うので、その間、室内競技の男子はどうなっているのかといそいそ体育館へ足を進めた。


横の入口から覗いた先、ネットを挟んで二色のボールが軽やかに行き交っている。一際デカくて目立つのは、バレー部主将の黒尾。余裕のブロックを決め、悔しがるサッカー部の主将を煽るあたりなんとも子どもっぽい。まあそんなことより、私の旦那様はどこかしら。なんせ黒尾がいるのだから、公平を保つためには相手側に現役リベロが必要なはずだ。

そうコートの中を目で探していれば、端の方から「なまえ!」と呼ばれた。あれ、そっちなの。まさかの外野。もしここに男子体育の先生が居たら完全に詰んでいたけれど、まあ手を振りながら寄って来る衛輔が可愛いから良しとする。


「衛輔お疲れー」
「おつおつー。休憩?」
「んーん、順番待ち」
「え、女子何やってんの?」
「ハードル100m」
「うわしんど」
「ほんと死ぬ。無理過ぎて癒されに来たもん……」
「俺で?」
「そう」
「まじ?んなこと言う奴お前くらいだわほんと」


けらけら楽しそうな笑みにつられながら「そう?皆変なの」と床に膝をつけば「お前が特殊なの。けどありがとな」って頭をぽんぽんされた。


「衛輔はバレーやんないの?」
「あー……拾いすぎて終わんねーからさ」
「えー。黒尾もブロックし過ぎるくない?」
「あいつは来んなって言われてんのに無理くり入ってる」
「ふっはウケる」


我ながら安易に想像出来て思わず笑ってしまった。まあ相手チームじゃなければ逆に有難いかもしれない。味方だったら百人力だ。衛輔は千人力だけど。

なんて憩いのひと時を満喫していたら、わざわざ探しに来てくれたらしい友人に「そろそろなまえの番だよー!」って呼ばれた。もうちょっと話していたかったけれど仕方ない。後ろ髪を引かれつつ立ち上がる。


「じゃあまた後でね」


去り際にそう手を振れば「おう!頑張って来いよ」と、眩しい笑顔が背中を目一杯押してくれた。



back