木兎と黒尾にいじられる




あー、きたきた。

喉までせり上がった溜息を嚥下するのは、これで朝から三度目。「昨日デートしてただろ」とか「やーお熱いこって」とか「お前も隅に置けねえなー!」とか何とかかんとか。

引っ切りなしに汗が吹き出る真夏の体育館。ひたすら時間を惜しみ、これっぽっちの体力ですら温存しておかなければ到底夜まで持ち堪えられない合同練習で、よくもまあ人のことを気にする余裕があるものだ。木兎さんに至っては、おそらく黒尾さんが入れ知恵したのだろう。覚えたての言葉を口にする我が物顔が、どうも煽っているように思えて少々腹立たしい。隅に置けないって意味、ちゃんと分かってますか。使い方は合ってますけど。


「引っ付かないで下さい。汗臭いです」
「俺汗臭い!?」
「ふっは、誤魔化されんな木兎ー」


両脇を百八十超えの男に固められ、滲む汗を拭いながら終ぞ溜息をこぼす。暑苦しい。視覚的にも感覚的にも暑苦しい。休憩のタイミングがまさか音駒と被るなんて誤算だ。


「で?おたくら付き合ってんの?」
「おたくらって誰ですか」
「オイオイ分かってんだろー。お前とみょうじさんだよ」
「俺何も聞いてねーぞあかーしー」
「まあ言ってませんからね」
「先輩には報告するもんだろ!?」
「それ誰から聞きました?」
「え、黒尾」
「ドーモー」
「……」


あー。渾身のドヤ顔が腹立たしい。面倒くさい。でも、こんなことでせっかくの体力を無駄にするわけにもいかない。

喉へスポーツドリンクを流し込み、せめて平静は逃がすまいと遠くにあるネットの網目を数え始めたその時。丁度向こう側を歩いているみょうじさんと目が合った。


――ふわり。彼女が笑う。


立ち止まることはせず、一見それと分からないよう小さく控えめに振られた白い手。たったそれだけで、彼女以外の全てがぼやけていく。視界から外れた後でさえその姿は瞼の裏に色濃く残り、鼓動を揺さぶる。

耐えろ俺。今はまずい。だって隣に、あろうことか俺達の関係を面白がっている二人がいる。

分かっていながら、予想を遥かに上回る速度で緩む頬を理性フル稼働で抑えきれ、なんて無茶な話。寸でのところで顔は伏せたけれど「さてはお前から告っただろ」なんて、やけに鋭い黒尾さんの声が降ってきた。たぶんバレた。でも、そうです俺から告りましたよって教えてあげられるほど安定した仲ではない。彼女とはまだ、探り探りの恋だった。




※夢BOXより【梟谷マネと付き合っている赤葦が木兎と黒尾にいじられる】




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