心臓を脅かすきみよ




終礼が終わって少し。そろそろかなって友人との雑談を切り上げた時。丁度廊下から、マスク姿の臣くんが顔を出した。密かに色めき立った女の子達には目もくれず「なまえ」とこちらを見つめる大きな瞳。

つい、頬が綻ぶ。

全国三本の指に入るスパイカーであり、大人顔負けの長身はさることながら体格も申し分ない。特有の色を持つ低い声は無愛想ながら心地よく馴染み、柔らかな癖っ毛も整った顔立ちも、数多の視線を集めるには充分。縦に並んだホクロが可愛ささえ付随させる。


そんな魅力をあれこれ兼ね備えた男が、たくさんの熱視線を跳ね除けながら私を待ってくれているっていうのは、なかなかどうして胸にくる。だからって待たせ過ぎてはいけない。カバンを引っ提げ、『早くしろ』って怒られる前に席を立った。


「お迎えありがと。今日部活は?」
「ワックス乾いてなくて休み」
「そっか。残念だね」
「別に。そうでもない」
「えー。私と帰れるから?」
「………」


ゆるり。歩きながら寄越された一瞥に、ああ調子に乗った質問だったなって自嘲したのも束の間。鼓膜を揺すった短い肯定に、ぱちぱち瞬く。


「何。そんな意外?」


わざわざ歩幅を合わせてくれていたからか。私の足が止まったことにすぐさま気付いた臣くんは少々不貞腐れたように眉を寄せ、半歩先の靴箱を開けた。違う。意外ってわけじゃないんだよ。

付き合い始めてもうすぐ二週間。臣くんの一途さは十二分に理解しているつもりだ。彼から告白された人間なんて、きっとこの地球上に私だけ。それは自惚れでも何でもなく、例えばさっきみたいに私以外眼中になかったり、今まで断るに断れなかったらしい差し入れやプレゼントを一切受け取らなくなったり、あと古森くんからいろいろ聞いていたりなんかもして、それなりの根拠が揃っている。ただ、何て言うか。


「期待、してなかったから……返事」


背中合わせで靴を履き替えながら、言葉を返す。

そう。敢えて言うなら“嬉しい誤算”だった。そんな感じ。


上履きをしまって、振り向く。既に帰る準備万端の臣くんは、相変わらずの高い位置から私を見下ろしていて「ふーん」と瞳を細めた。ああまずい。機嫌を損ねてしまっただろうか。脳裏を過ぎった不安に、慌てて弁明を探す。けれど浮かぶ言い訳はどれも正しくないような気がして、喧騒と共に安心感さえも遠のいていったすぐ後。


「期待しろよ」


降ってきたやや強引ともとれる言葉は、全然怒ってなんかいなかった。私の焦りを容易く杞憂に終わらせ、代わりに降って湧いた、まるで心中を見透かされているような気恥ずかしさが脈を打つ。


「心配なんかしなくても、お前なら嫌じゃない」


息を吐いた臣くんは、今までずっと繋ぎたかった手を何の躊躇いもなく引いてくれた。



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