六月十日




筆記用具をカバンへしまい、そろそろ届いている頃かなあって注文履歴を探す。別に直接会って渡したって良かったんだけれど、私は午前講義ではじめは午後。誕生日だからって自分を甘やかす人ではない上、毎年サポーターやらテーピングやら実用性がある物を贈っていただけに、今年はインパクトがあって全く使えない物にしたかった。結果、ネット通販の届け先を岩泉家にすることで落ち着いたのだ。


配達が完了しました。

そんな一文を確認し、よしよしとアプリを閉じたところで着信画面に切り替わった。お相手は言わずもがな。もう開けたのかな。ちょっと早過ぎないか。いや開けてなかったらどうしよう。差出人お前んなってんだけど何だこれって未開封状態で言われたらどうしよう。おめでとうって言うには早いのかな。一応バースデーカードはつけたんだけど、まだ見てなかったらフライングになるかな。

コンマ数瞬の間に言葉がぐるぐる。ええいどうとでもなれ。急ぎ足で講義室を後にし、通話ボタンをタップ。口を開く前に飛び込んできた機械越しの『すっげえなこれ…!』は、思わず笑っちゃうくらい幼く弾んでいた。


「開けた?」
『開けた!』
「カード読んだ?」
『読んだ! ありがとな!』


もう。嬉しそうだなあ。

到底大学生とは思えないはしゃぎように、こっちまで嬉しくなってくる。たぶんはじめは今、抱き枕サイズの大きな怪獣と見つめ合っているんだろう。『手触り良いなコイツ!』なんてわあわあ喜んでいるあたり、抱っこしてもふもふしているのかもしれない。大きな猫目をキラキラ輝かせている姿が安易に浮かんで、つい吹き出す。


「気に入ってもらえた?」
『めちゃくちゃ気に入った!』
「良かった。さっきからちょいちょい片言だね?」
『そうか? まあ、なんか上手く喋れねえけど』
「そんな嬉しいの」
『おう。どうしていいか分かんねえ』


電話だと言いやすいのか、それとも興奮のあまり自制心が鈍っているのか。面と向かっては聞かないような台詞が、鼓膜を伝って心の底へと浸透していく。

『お前今日午前だったよな?』と聞かれ、さっき講義が終わったこと、ご飯を食べて帰ろうと思っていることを話す。出来れば今日会って直接おめでとうを言いたいけれど、はじめにも都合ってものがあるだろう。高校時代バレー部だったメンバーと約束しているかもしれない。だから会いたいとは言わなかった。でも、雑音と共に届いたはじめの声は『会いてえから行く。わりぃけどどっか入って待っててくれ』だった。分かったって頷いて、正門を入ってすぐのカフェで待ち合わせ。通話を切り、緩む頬を抑えながら足を進める。


思えば出会った頃からそうだった。私が尻込みしていても、不思議と彼は分かってくれる。私の言いたいことは、言葉にしなくても何となく伝わる。あの時もそう。卒業の日、第二ボタンが欲しいと寄ってくる女の子達には目もくれず、人目も気にせず。真っ直ぐ私のもとへ歩いてきた彼は、私が伝えたかったままの想いをその右手に込めて差し出してくれた。

どちらかと言えば器用じゃないし、正直女の子の扱いには不慣れなんだろうなって思うことも多々あるけれど、そんなところがより愛おしく感じる。はじめが来たら何て言おう。たぶん今頃冷静になってきていて、電話口ではしゃいだ自分を恥ずかしく思っているだろうから、おめでとうの後にちょっとからかってみるのも良いかもしれない。照れるはじめは結構可愛くてレアだ。


コーヒーを買って、いつもの窓際席に座る。「なまえ」と。今日の主役が想像通り気恥ずかしそうな顔で現れるまで、あと少し。



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