今夜も君に救われたい




「ちょっと休憩しぃや」


キーボードを叩く手を止め、脇に置かれたお皿とコップに目を見張る。形のいい美味しそうな三角おにぎりと麦茶。黒いTシャツが映る視界を徐々に上げていけば、呆れ顔の治が、随分上から私を見下ろしていた。


「根詰めたあかんで」
「有難う。作ってくれたん?」
「ん。どうせ飯まだやろ」
「よう分かったね」
「台所綺麗やったからな」


気だるげに伸ばされた、一回りも二回りも大きな手に頭を撫でられる。緩やかでいて優しい、まるで猫を愛でるような手付きは学生の頃から変わらない。美味しいおにぎりを作れて、かっこいいスパイクが打てて、私を容易く絆してしまえる魔法みたいな手。いや、もういっそ魔法かもしれない。魔法使いミヤサム。

そんなバカバカしいことを考えてちょっと笑ってしまったあたり、ナチュラルハイに片足を突っ込み始めているのだろうことが窺えた。全く。明日の会議資料を用意してほしいなんて、終業二分前に言うことではない。それでも上司にやれと言われればイエスしか答えは用意されていないわけで、仕方なく持ち帰ってきた。会社に残っていると何を追加されるか分かったものではないので、これが最善の選択である。


「えらいお疲れやな」
「そ? 今めっちゃ癒されてんで」
「ほんまに?」
「ほんまに」


髪をなぞり、こめかみから目尻へと滑り降りてきた指へ頬を寄せる。ごつごつした感触がこんなにも心地いいのは、相手が治だからこそ。結婚して良かったなあ。


「もうちょっとやから待ってな」
「後どんくらいで終わりそうなん?」
「十五分……あったらいけるかな」
「ほなその間にベッド温めとくわ」
「有難う」
「なまえ」
「ん? ん、」


顎をすくわれ、控えめなリップ音とともに残された温もり。「頑張りや」って優しい眼差しに、頬が緩む。一体どこでこんな甘やかし方を覚えてきたのか。沈んでいた気分はすっかり元通り。どころかちょっと上昇した。



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