スコールコール




降り続いている雨音が、パラパラ鼓膜を打ち鳴らす。水溜まりを踏まないように跨ぎつつ、隣を歩く狭い歩幅に合わせて進む。

ちらりと見遣った左下方。彼女の肩は、俺と違って綺麗な紺色のままだった。濡れていないことに安堵して、そっと傘を傾けなおす。こんな時、もう少し背が低ければ、と思う。


平均以上の俺と、女子から見ても可愛いサイズ感のみょうじさん。身長差は歴然で、小さな頭は俺の肩より下にある。丁度肘あたりが彼女の目線といってもいい。当然、俺が持つ高さの傘で守りきれるはずもなく、結局どちらかが濡れてしまう。彼女もそう分かっている。だからこそ、ダメ元で申し出てみた"相合傘"を受けてくれた今日はレア。研磨がいうSSRくらいの日。

そりゃもう驚きましたよマジで。あの遠慮がちな気遣い屋さんが『じゃあお願いしてもいい……?』なんて自然な上目遣いで眉を下げるもんだから、絶賛片想い中の俺の心臓は大変でした。まあぶっちゃけ白状すると、今もそこそこ結構やばい。


「ごめんね黒尾くん。濡れてない?」
「だいじょーぶ。それ聞くの四回目よ?」
「だってなんか、私に傘傾いてるし……」


おーおー、さすが。良くお気付きで。

実際俺ははみ出ているし、右肩なんか既にしっとり湿り気味。厚手の生地も、すっかり紺からより濃い藍へと変色していた。でもこんなもの、全然大したことじゃない。どころか気にもなっていない。なんせ意中のみょうじさんと、二人っきりの傘の中。


「ごめんねほんと。甘えちゃって……」
「いえいえ。つーかこれくらい甘えた内に入らねえからね」
「うそだ…………黒尾くん、前から思ってたんだけど」
「ん?」
「ちょっと優しすぎません?」
「……みょうじさんが良い子だからですよ」
「やだ、変な壺とか買っちゃダメだよ」


くすくす笑う姿になごむ。口元に手を当てて、楽しそうで嬉しそう。くわえてちょっと照れくさそうな、なんとも愛らしい笑い方。雨の壁に反響し一際きれいに鼓膜を揺する、やわい音をひとり占め。

今この瞬間、黒い傘の中でだけ。彼女は俺のものになる。肩がちょっと濡れるくらい、安いもの。


title 約30の嘘




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