君と最高の言い訳




来たいって言うから連れ帰ってきたクラスメイトの治を部屋へ上げ、ジュースを取りにノブを引いた時だった。不意に手首を捕らわれ振り返った途端、落ちる影。顔横を緩く押した大きな手が、パタンと開きかけの扉を閉める。斜め上方の双眼は普段と変わらず気怠げで、静かに私を映していた。


「おさむ?」
「……」


一ミリだって逸らされない、何を考えているのか全く読めない眼差しが迫るごとに深く刺さる。鼻の先。触れた吐息に目を瞑る。けれど予想していた感触は、いつまで経ってもやってこない。

不思議に思いつつおそるおそる視界を開ければ、灰褐色がすぐ目の前で止まっていた。


「ちゃんと拒否らなあかんやん」
「?」
「お前、今迫られとんやで。彼氏やったらええけど、そうやない奴相手に目ぇ瞑ったあかんやろ。あと自分の部屋に入れるんもやめときや」


言い聞かせるような声色が小さく笑う。いつも通りのようでいて、どこか自嘲を孕んだ響き。片割れである侑ならいざ知らず、基本的に一歩引いて見守りますスタンスの優しい治が、まさかこんなことを冗談半分でするわけもなく。じゃあどうしてって考える。


いいなあって思ってた。都内から親の都合で転校してきたばかりでまだ友達がいない休み時間『自分どっから来たん?』って、たとえただの興味本位であっても話しかけてくれたのが彼だった。図書室で高い位置の本を取ってくれた時、それだけで終わりじゃなくて『他なんか取る?』って聞いてくれた。並んで歩いている時だって、対向とぶつかりそうになったら肩を引いてくれた。扉を開けて待っててくれた。ふとした瞬間、そういうさり気ない気遣いが差し出せる人だった。

きゃーきゃー騒ぐ黄色い声にも驕ることなく、あからさまな猫撫で声や頬を染める可愛いあの子にも興味無しの塩対応。唯一バレーボールをしている時だけは楽しそうで、私とお昼を食べる日はなんだか良く分からないけど嬉しそう。治が彼氏だったらって意識し始めたのは、たぶん結構早かった。だって勘違いするようなあれこれが、日常のそこかしこに散りばめられていた。

いってしまえば今日もそう。家に来たいなんて、『俺ん家は侑おるから呼びにくいねん』なんてひどく思わせぶりだった。それでも高身長イケメンの一番になれるとは到底思えず、告白なんてそれこそ不相応甚だしい。せめて一緒に過ごせる時間だけは大切にさせてもらおうって、身の程はちゃんと弁えている。それくらい好きな人だから、だから全然、誰でも部屋に上げるわけじゃない。抵抗しないわけじゃない。目を閉じるわけじゃない。なんならちょっと期待してる恋心が居るもんで、治だからこそ何でもいい。

……ああ、そっか。こうやって私が全部許しちゃうから境界線を見てるのか。自分が私にとってどんな立ち位置か、私が異性に対してどういう対応をする女の子か探ってる。ねえ、でもそれって、どうでもいい子にはしないよね? ならもう身分も遠慮も度外視するね?


離れゆく手を、今度は私が捕まえる。背が高くって届かないから、掴んだネクタイの結び目を力いっぱい引き寄せる。


「ちょ、っなまえ、首い――」


うるさい口は問答無用で奪って塞いだ。まるでビックリした猫みたい。目を真ん丸に見開いて、すっかりフリーズしてしまった治の太い首に腕を回す。ずっと触れたくて欲しくてたまらなくて、でも我慢していた人肌をぎゅうっと強く抱き締める。どう言ったら伝わるかなって考えながら、ほんのり赤い耳をちらり。寄せた唇で紡ぐ二音は存外すぐに、易々溢れた。



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