泣かない子の慰めかた




重傷って聞いたものだから、仕事も何もかも全部放って最短ルートを車でかっ飛ばして来たっていうのに、一人部屋の白いベッドに悠然と横たわる勝己はそこそこ元気なようで「ンだその顔」と鼻で笑われた。

まあでも、散々無茶を強いたであろうことは一目瞭然。あちこちを覆う大きなガーゼ、吊るされた足、固定された片腕。病衣の合わせ目から覗く首や胸元にすら包帯が窺える。体力の限界まで治してもらった結果がこれだというなら、余程酷かったに違いない。


「ミイラ男でも目指してるの?」
「な訳あるかクソが。相変わらず可愛くねえ女だな」
「うん、ごめん」


素直に謝ったことが珍しかったのか。ぎょっと目を見開いた勝己は眉間に皺を寄せ、それから短く息を吐いた。


「なまえ」
「大丈夫だよ」
「まだ何も言ってねえだろが」
「分かるよ。心配すんな擦り傷だ、でしょ?何年一緒に居ると思ってんの」


すっかり固まってしまっていた鉛みたいな足を引きずり、脇の丸イスに座る。自力で動くことさえままならないだろう彼の胸元へそっと手を当てて、温もりを確認する。目を閉じて神経を研ぎ澄まし、とくん……とくん……と規則的に脈打つ鼓動が感じられた頃、ようやく生きている心地がした。少しだけ安心した。


ヒーロー、やめようよ。

そう思うのはこれで何百回目か知れない。勝己が怪我をする度、図太い筈の心が擦り減っていく。そりゃあ皆を守るヒーローはかっこいいけれど、じゃあそのヒーローは誰が守るの。命を使い切った果てに残る栄光は、そんなに輝かしいものなの。世界があなたに何をしてくれるの。私のことは気にしなくていいと言ってあげられるくらいの強さは持ち合わせているけれど、それでもあなたの代わりはどうしたって見つけられそうもないんだよ。


本当は口にしてしまいたいあれこれを幾つも呑み込む。単なるエゴに過ぎないと分かっているからこそ、ただ、息を吐く。さっきの勝己みたいに。

大人になったね。お互い。素直と我儘は違うんだって。わざわざ言わなくても共有出来てしまえることが少なからずあるんだって。過ぎ行く歳月と共に、一緒に学んだ。心の根底で通じ合えている感覚は、触れた箇所から陽溜りみたいに広がっていく。言葉は軽くていい。重いものは眼差しと体温で充分。


「お疲れ様。声出すの辛くない?」
「余裕だわ。見た目ほど酷かねえ」
「そっか。良かった」
「なまえ」
「いいよ。謝んなくて」
「……てめえはエスパーかコラ」


不服そうな声にちょっと笑う。「勝己限定ね」って言ったら「ご苦労なこったな」なんて意地の悪い笑みが返ってきて、でも、伸ばされた手のひらはちゃんと優しかった。私の片頬を覆い、親指の先で、泣いてなんかいないっていうのにすりすり涙袋を撫でていく。

反射で瞳を細めると、勝己の瞳も細まった。



title Bacca




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