足りない呪い




「ねえ、私の獲物」
「そう怒んなって」


肩を竦めてみせた荼毘に、眉を寄せる。

目前で青い炎に包まれ、ただの焦げた塊と化している男は、上質そうなスーツを着ていた。腕時計もネクタイピンも安物ではなかったし、後もう少しで大金が手に入っただろう。新しい洋服で、滅多とないホテルのコース料理を食べに行けたかもしれない。豪華な週末を過ごせたかもしれない。なのに、それら全部を台無しにした張本人が"怒るな"なんて、笑わせてくれる。


「そんな成金が好みか?」
「ジリ貧よりは魅力的ね」


じろりと睨みあげれば「悪かったって」と、いつものように腰を抱かれた。おざなりなキスの後、この顔が好きなんだろうと言わんばかりに片方の口端を上げてみせられる。畜生。ディナーをご馳走する金もないくせに生意気だ。皮膚が爛れていなければ嘸かしイケメンだっただろうその顔は、まあ爛れていたって好きだけれど、軽薄そうな態度だけがどうも気に食わない。


「どうしてくれるの?私の晩ご飯」
「あー……ごめんな?」
「言い方変えりゃいいってもんじゃないし」


謝るくらいなら金をくれ。
溜息を吐きながら、ぽすりと凭れかかる。未だ、まるで当たり前のように腰骨へそえられている手が退く気配はない。

せっかく私が引っかけた適当な餌を燃やした後。こうしてくっついたまま離れないのは、いつものことだった。おおかた私が他の男に触られることが、余程癇に障るのだろう。それならそれで早く捕まえてみればいいものを、つくづく度胸のない男だ。意外と臆病なのか、単に負けん気が強いのか、遊んでいるのか。全く面倒くさい。


「料理は出来るの?」
「まあ、人並みくれぇは」
「なら何か作ってよ。お腹すいた」
「食材ねぇだろ」
「あるよ」
「?」


こちらを見下ろしたエメラルドグリーンへ、先ほど彼がそうしたように口端を吊り上げてみせる。


「私の家に」


一瞬見開いた瞳。ついで、緩やかに弧を描いたその口が開く手前。ぬるい温度の手を払い、荼毘の片腕から抜け出した。



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