揺れる君へ




外で駆けずり回って、泥んこになるまで一緒に遊んだ遠いあの日々が、懐かしい。

怖がる私に、捕まえたカブトムシを押し付けてからかってきた勝己くん。歩くのが遅くて鈍くさい私の手を、誰よりも強く引いてくれた勝己くん。帰りが遅くなってお母さんに叱られた時、俺が連れ回したんだと庇ってくれた勝己くん。

強情で意地っ張りで負けず嫌いで、それでも人一倍輝いていて、強くてかっこよくて。いつしか私の全てになっていた彼は今、何でかな。


思い出に変わってしまったあの日々のように、とても遠い。


「なまえ?」


降ってきたのは、訝しげな視線と声。
うんと背が伸びた勝己くんは、私の頭一つ分以上に大きく体格もガッシリとしていて、顔付きも声も何もかも、もう男の人だ。

もちろん、手を伸ばせば届く。触れようと思えば触れられる。それが許される位置に、きっと私は立てていて。人のことを外見的特徴や悪口でしか呼ばない勝己くんが、嫌な顔ひとつせずに名前を口にするのも、私だけだと自負している。

それでも。

どんどん大人になっていく彼を目にする度、応援しなきゃって義務感と言いようのない不安に、泣きたくなる。


「また余計なこと考えてんじゃねえだろうな」
「……余計、なのかな」
「知るか。てめえがシケた面してる時は、たいがいそうだろうが」
「うん……ごめん」


自然と落ちた視線。引き上げようとした口角が動かなくて、上手く笑えない。

そんな私に息を吐いた彼は、鬱陶しいと怒ることもなく、面倒くさいと突っ撥ねることもなく、ただ「手ぇかかる奴だな」と抱き寄せてくれた。


「言えや全部」
「……ごめん」
「誰が謝れっつっとんだ燃やすぞ」


穏やかな低音。優しい腕。温かい体温。
口は悪いのに、私を包む鼓動は一定の速度を保っていて、まるで宥めてくれているかのような錯覚。

広い背中に回した手で、彼のシャツを掴む。

勝己くんは、ここにいる。他の誰でもない私を選んでくれて、たぶんこれからも傍にいる。そう言い聞かせるようになってしまったのは、いつからだろう。今まで当たり前だった距離が不安定に揺れはじめたのは、いつから。



「勝己くん」
「ん」
「離れていかないで」
「おう」
「応援してるけど、こわい」
「……」
「ごめんね。迷わせたくないのに」
「ンな程度で迷うかよ。それで全部か?」
「うん」


拭えない不安に瞼をおろし、ほんのり甘い香りを肺へと送る。耳元で聞こえた溜息に慌てて離れようとしたけれど、彼の腕に阻まれた。

「一回しか言わねえからよく聞け」と強く抱き締められ、鼓動の音が重なる。


「俺がプロんなったら、てめえは爆豪なまえになんだよ。うだうだ考えてねえで、それだけ夢見て生きてろカス」



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