アンドロメダは知っていた




粗野で横暴で自分勝手だからこそ、不意に見せる不器用な優しさや気遣いなんかが際立って映える人。

いつからなんて、覚えていない。気付いた時にはもう、誤魔化しようがなかった。そんな風にしか思えないくらい、彼を形成するすべてが好きで、ただのクラスメートだと分かっていても、女の子が傍にいる姿を見かける度、なんとなくモヤモヤした。

独り占めしたいと感じるようになったのは、いつからか。やっぱりそれも、覚えていない。思い出せやしない。それくらい前からずっと、目で追ってきたように思う。


「急に呼び出してごめんね」
「わぁってんなら事前に連絡しろやカス」


随分慣れてしまった暴言に、もう一度謝る。

眉間にシワを寄せた爆豪くんはカバンを置いて、ドサッと隣へ座った。背もたれへ深く腰掛けて足を組み、両手はポケットにしまったまま、視線だけが横目に寄越される。「で、何の用だ」と聞いてくれるあたり、たぶん機嫌は悪くない。何より、唐突な呼び出しに応じてくれたことが、今日の爆豪くんが穏やかであることを物語っている。

私と話す時は大体そう。比較的大人しくて、比較的落ち着いている。でもそれは、好かれていることの証明にはならないけど。


「おい。呼び出しといて黙りかコラ」
「…ほんと、良い度胸してるよね、私」
「あ?」


確証なんて何もないのに。
もしかしたら、意外と近いこの距離でさえ、途切れてしまうかもしれないのに。

それでも、自分の気持ちに嘘はつけないなあって思う。伝えないままでいる方が、きっと苦しい。だってそうでしょう。ダメだって分かった上で手を伸ばし続けるのと、届くかもしれないって期待をしながらとでは、全然違う。


膝の上で、指を擦り合わせる。

「爆豪くん」と紡いだ声は、思ったよりも震えた。鼓動の音が大きくなって、皮膚の下を巡る血液が脈を打つ。変なの。まるで、全身が心臓になったみたい。容易く言えるはずのたった二文字に、喉が詰まる。

上手く息が出来なくて、俯いた視界の中。きゅっと握った私の両手を覆う大きな片手についで、割り込んできた端整な顔。「らしくねえじゃねえか。何かあったんか」なんて。爆豪くんこそ、らしくないよね。そう思うと少しだけ笑えて、少しだけ吹っ切れたような気がした。


「心配してくれてるの?」
「はぁ?なわけねえだろ。自惚れんなクソが」


舌打ちとともに離れていった彼の、ごつごつした手を掴む。振り払われはしなかった。人より少しだけ高い体温が、人より少しだけ冷たい私の肌を温めていく。後戻りは、もう出来ない。それでいい。


「ねえ、好き」


ようやく口に出来た想いは、瞬時に胸を覆った。他の誰でもない君が好きなんだよって伝わるように「爆豪くんが好き」と、再度音を噛み締める。

交わった視線が固まって、宝石のような赤い瞳が大きく見開かれて数秒。呆れられるかな、気持ち悪がられるかな、冗談だろって馬鹿にされるかな。まあ、どんな辛辣な答えが返ってきても、受け止める覚悟は出来ている。けれど半開きの口を閉じた爆豪くんは、いつものようにハッと笑った。そうして片口をつり上げる。


「やっとかよ。それ言うだけに何年かかっとんだてめえ」
「え……」
「遅ぇわクソなまえ」


握り返された手。後頭部へ回された腕。塞がれた唇。息つく間もなく滑り込んできた舌に、脳がくらり。今度は私が固まる番だった。



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