秋の夜にお散歩




ちょっと歩こうって言い出したのは、どっちだっけ。勝己の現場がたまたま早く終わって、それがたまたま私の職場から近くて、じゃあ久しぶりにって合流して、近所の居酒屋で簡素な近況報告ついでに一頻りお酒を飲んで。酔い冷ましに歩くのもいいねって言い出したのは、私だっけか。


冷ややかな秋風が火照った頬を撫でていく。車道側を歩く勝己の歩幅はうんと狭く、何でだろうってふわふわする頭で考える。故意的に合わせてくれているのか、もう癖になっているのか。ちんたらしてんじゃねえって顰めっ面が、今は懐かしい。

途端に洩れた笑みをコートの襟へこっそり隠し、いつの間にか絡められていた太い指を締めるように握った。気付いた勝己が一瞥を寄越す。ふ、と息を吐くように笑う。あの頃よりも大人びた横顔が、かっこいいと思った。


「ご機嫌だな」
「誰かさんのおかげでね」
「ハッ、飯食って歩くだけで満足か?」
「そういうわけじゃないけど、あんまり贅沢言うと勝己大変でしょ」
「クソ余裕だわ。誰に向かって言っとんだ」
「バカツキ」
「燃やすぞ」
「ふふ」


可笑しいなあ。言葉は強いのに全然怖くない。棘どころか愛しさばかりを孕む、いつだって心地の良い声が優しい。耳の内側から喉を伝い、穏やかに脈打つ心臓をじんわり満たす。僅かな隙間を埋めるのは鈴のような虫の音。

赤信号で足を止める。だあれもいない、車一台通らない横断歩道。薄ぼんやりとした街灯の中、掠れた白線が存在を主張する。「なまえ」って呼び声に視線を持ち上げれば、やけに静かな瞳が待っていた。


「同棲すっか」


真面目な顔で何を言い出すかと思えば。

予想の斜め上を見事に突っ切ってくれた言葉が、胸の底へストンと着地する。お酒の力というには酔い足りない。そもそも勝己はこんな冗談を言う人ではない。それでも「本気?」なんてちょっと半笑いになってしまったのは不可抗力。だって、ねえ。学生時代、自分にとって至極都合の良い取り巻きさえ、決してプライベートに踏み込ませなかったあの勝己が“同棲”だってさ。


「本気もクソもねーわクソが」
「さっきからクソクソ言い過ぎ」
「うっせ死ねカス」
「死んだら同棲出来ないからヤダ」
「あ?する気あんのか」
「もちろん」
「なら端からそう言えや」
「ごめんごめん。嬉しくってちょっと信じらんなかった」


チッ。聞き慣れた舌打ちの後、繋いだままの手が勝己のポケットへお招きされた。信号は青に変わっていた。



【夢BOX/爆豪と秋の夜にお散歩】




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