射抜かれた小惑星
エスカレーターで、爆豪くんはいつも、一段前へ乗せてくれる。俺の前に立つなとか言うくせに、この時ばかりは別らしい。
私より随分高いところにあるツンツン頭が下がり、猫背分だけ更に低くなれば、同じくらいの目線になる。スマートフォンをポケットへしまった爆豪くんの赤い瞳と、視線がかち合う。
「何見とんだコラ」
「なんか新鮮だなーと思って」
「は?」
「いつも見上げてるから」
女子の平均身長を遥かに下回る私の頭は、平面上に立った場合、爆豪くんの胸辺り。二の腕と肘の、丁度間くらいだ。当然、滅多に顔が近づくことはない。座っている時くらいかな。それも、あまり機会は多くなかった。
ぱちり。瞬きをしても尚、逸らされない視線。そんなにしっかり凝視されると、なんだか恥ずかしい。アイメイクは崩れていないか、前髪は変じゃないか。そんなことばかりが気になって、私の方から顔を逸らす。
鼻で笑った爆豪くんは、きっと睨めっこに勝ったような感覚なんだろう。ちょっとくらいドキドキしてくれてもいいのになあ。なんだか、私ばっかり好きみたいで悔しい。
エスカレーターから降りる。いつもの距離感に戻って、爆豪くんの長い脚が私を抜かした。彼の前に立てる時間は、これで終わり。
人混みを掻き分けるようにずんずん進む、大きな背中へついていく。慣れた足取りで向かう先には、御用達のスポーツ用品店。物色し始めた爆豪くんを横目に、私も何か見ようと陳列棚へ向き合った。
今日は爆豪くんの買い物についてきただけで、デートというわけではない。邪魔をしないよう、新作のウインドブレーカーを羽織って遊ぶ。なかなか可愛いし動きやすい。通気性も撥水性も良さそうだ。お値段も新作にしてはお手頃だし、唯一メンズサイズなのが悔やまれる。丈は良いんだけど、身幅が……うーん。普段着用ならいけるかなあ。
すみません、と店員さんを呼ぶと、なぜか爆豪くんも寄ってきた。お目当ての物がなかったのだろうか。
とりあえず店員さんに、Sサイズ、もしくは同じデザインでレディースがあるか確認して欲しい旨を伝える。その間爆豪くんは、じっとウインドブレーカーを見ていた。
「これ気に入ったんか」
「うん。今使ってるやつ劣化してきてて、丁度替え時なの」
「ふーん」
特に興味がなさそうな相槌の後「もっぺん着てみろ」と肩に掛けられたので、大人しく袖を通す。
「……デケェな」
「デスヨネ。爆豪くんで丁度くらい?」
「さあな」
「ちょっと着てみてよ」
「あ?めんどくせぇ」
「お願い」
脱いだウインドブレーカーを差し出しながら見上げると、眉を寄せながら渋々受け取ってくれた。
結果は言わずもがな。体格が良いからか、単に顔が良いからか。上着の上から軽く羽織っただけなのに何だこのかっこよさは、ってくらい、とても良く似合っていた。サイズもいいラフ感で、すっかり私好みな爆豪くんの出来上がりである。もし着てくれるって言うなら、是非ともプレゼントしたい。かっこいい。
「着心地どう?」
「……悪くねぇ」
「買っちゃう?」
「なまえが買うんじゃねえんか」
「んー…運動用にしてはサイズが…」
「まあ、あれで走れねぇわな」
「ほんとに…。私服なら全然着るけど、出番薄いだろうし…」
そうこうしている内に、店員さんが奥から戻ってきた。申し訳なさそうなその表情に、全てを悟る。なかったっぽい。
すみませんと謝られ、いえいえと応えながら、爆豪くんが着ている商品を脱がせる。
まあ、メンズのSサイズなんて普通製造しないだろうし、レディースがあったところでシルエットは多少変わるだろう。可愛いけど仕方がない。名残惜しさを手にハンガーヘ戻すと、不意に爆豪くんが口を開いた。
「同じサイズで新しいのあるんすか」
「え…」
「はい。ございますよ」
「ならそれ」
「ちょ、ば、爆豪くん?」
びっくりしている間に話は進み、レジに向かう彼の後を慌てて追う。上着の裾を掴めば、雑な手つきで頭を撫でられた。
これは、どういう意味だ。いつも通り"てめえは黙ってろ"で合っているのだろうか。そもそも気を使ってくれているのか、実は気に入っているのかどっちなんだ。
困惑が脳内を占める。当然答えが出るまで待ってくれるはずもなく、手際よく包まれた袋が、爆豪くんの腕へと引っ掛けられた。財布を出す間も無く、あっさり済まされたお会計。有難うございましたって爽やかな声を背に、歩き出した背中を追う。
「ねえ、良かったの?」
「あ?何がだ」
「何がって、ウイブレ……」
「ああ」
彼の手がズボンのポケットへ押し込まれ、下りのエスカレーターへ乗った。
「このメーカーにハズレねえし、俺が着ねえ時は貸してやれんだろ」
私の方が一段高い位置。振り向いた爆豪くんと、同じくらいの目線。真っ直ぐに私を見据える赤い瞳が、少し得意気に、けれど悪戯に細められた。
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