しとしとごろごろ




雑踏から少しはずれた公園の片隅で、見覚えのあるシルエットがしゃがみこんでいた。ろくに変装もせず、雨が降っているというのに黒い傘は地面に置かれている。一体何をしているのか。

歩み寄ってビニール傘を寄せてやれば、エメラルドグリーンの三白眼がこちらを見上げた。


「よぉなまえ。久しぶりだな」
「そうね。風邪引きごっこでもしてるの?」


喉で笑った荼毘は、まるで示すように視線を戻す。何かあるのか。隣に並んでしゃがみ、黒い傘の下を覗き込めばあらびっくり。小さなダンボールの中に、真っ黒な子猫がいた。目は開いているけれど、まだ随分小さい。

蹲っているタオルごと抱き上げて、膝に乗せる。「ちょっとこれ持ってて」と荼毘に傘の柄を持たせ、丁寧に子猫の目元を拭いてやれば、可愛らしく鳴いた。


「荼毘そっくりの色ね」
「そうか?」
「ほら見て。緑色」


ガラス玉のような透明感をもった、とても綺麗なエメラルドグリーン。きゅるん、としたそれを数秒見つめた荼毘は「似てねぇな」と自嘲気味に笑ってから、子猫の喉元を指でくすぐった。

猫限定か、それとも動物全般が好きなのか。どちらにせよ、自分の傘を立てかけてあげるくらいの情はあったらしい。小雨とはいえ、そこそこ長い間当たっていたのだろう。荼毘の髪も肩も背中も、見て分かる程にじっとり湿っていた。


ゴロゴロゴロゴロ。

喉を鳴らし始めた子猫をハンカチでやんわり包む。心地よさそうに微睡んでいる姿があまりにも可愛くて、もうダンボールには戻せそうになかった。
うちで飼うか、貰い手を探すか。その前に病院へ連れて行って、綺麗に洗ってあげないといけない。取り敢えず、細かいことは帰ってから考えることにしよう。
そう思考を閉じた時、不意に影が落ちる。

隣を見遣れば、いつの間に持ちかえたのか。荼毘の黒く大きな傘が光を遮断し、私のビニール傘は閉じられていた。


「いれてくれるの?」
「ああ、送ってってやるよ。片手じゃ抱きづれぇだろ」
「有難う」
「どういたしまして」
「これから用事?」
「いんや。適当にぶらつく」
「ならシャワーでも浴びてって。本当に風邪引いちゃったら困るでしょ」
「……お前危機感薄いって言われるだろ」
「失礼ね。ちゃんと人は選んでるわよ」


全く。すぐ茶化そうとするところは相変わらずらしい。それでも、立ち上がるタイミングや歩幅は自然と合わせてくれた。

腕の中で眠る子猫と、びしょ濡れの大きな猫を連れて、自宅へ急ぐ。確か昨日作っておいたカレーがまだあったはずだから、それも食べていってもらおう。



back