神さまを信じた日




ぴ、ぴ、ぴ、ぴ…。
無機質な機械音が、暗くぼやけた頭の中に響く。初めて聞くような、どこかで聞いたことがあるような規則的な音。私は今、どこにいるんだろう。何をしていたんだっけ。右手が温かい。触れているこれは、何だろう。

上手く動かない指先で、そっとなぞる。瞬間「なまえっ」と、焦りを含んだ声が、私の瞼を震わせた。いつもは名前なんて、お願いしたって呼んでくれないくせに。
そう、文句のひとつでも言ってやろうと開いた口から漏れたのは、声ではなく吐息だった。


「いい。喋んな」


白い壁を背にして眉を寄せた爆豪くんは、両手で包んでいる私の手に額を押し当てた。温もりの正体は、どうやら彼の手だったらしい。

天井もカーテンも、すべてが白い空間。
機械音を発する箱から伸びている管は、私の体へと繋がっているようで、病室だと思い至るまでに所要した時間は殆どない。何があったんだっけ。彼のツンツンした髪を眺めながら、ぼんやり記憶を辿る。

街に出て、コーディネートされたマネキンを眺めて、そうだ。春物のワンピースを探していたんだ。爆豪くんと出掛ける日のために服を買いに行って、結局良いのがなくて、ネットで探そうかなあってしょんぼりしながらバスに乗ろうとして、そこで、敵が現れた。


深く重い息が吐き出され、不思議と小さく見える爆豪くんの肩が、微かに震える。泣いているのかと思ったけれど、そういうわけではないようだった。
上手く動かない指で、手を握る。「医者呼んでくる」と言った彼は、たったそれだけで動きを止めて、私を見下ろした。

何もかもが全然思い通りに動かないのに、全く痛みがないのは、誰かの個性のおかげなんだろうか。ああ、酸素マスクって意外と邪魔。カラカラの喉と掠れる声で、彼の名前を象る。「あ?」と耳を寄せてくれて初めて気が付いたのは、その目元に、薄ら不似合いな隈があるってこと。


「ごめ…ね」
「謝んなカス」
「…たし、ど…くらい…寝てた…?」
「今日で三日。つか喋んなっつっただろ。傷に響く」


伸ばされた片手が、さらりと私の前髪を撫でていく。心地良さに瞳を細めれば、近い距離にあるルビーも、同じように細まった。


「たく…心配させやがって」


無事で良かった。
私の聞き間違いでなければ、確かにそう言った爆豪くんは、安堵の息と小さな笑みを残して、お医者さんを呼びに行った。なんだか嬉しくて、かっこよくて、少しだけ胸が熱くなった。



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