微温湯に沈めて




ヒーローは、皆のヒーローだ。かっこよくて、キラキラしていて、眩しくて。テレビから聞こえる彼らの声に、何度憧れたかなんて数えきれない。悪い敵をやっつけて、一般国民を救う皆のヒーロー。でも、私のヒーローは、どこにもいなかった。


「何を泣いている」


頭上から降ってきた低音に、口端を上げてみせる。
顔も見えない暗がりの中、別に声をあげて泣いているわけでもないのに、彼の夜目は随分と利くらしい。


「ちょっと、思い出しただけ」


ヒーローだった両親のことが、少し胸を突いただけ。ついに殉職するその瞬間まで、皆のヒーローであって私のヒーローにも親にもなってはくれなかった二人のことを、あの満月が思い出させるだけ。

意思に反して頬を伝い落ちていく涙を拭うと、ふわり。大きなジャンパーに体を包まれ、温かい腕の中へ引き寄せられる。いつもは人の部屋に入ることすら嫌がるっていうのに、随分と珍しい。自分の上着を経由していれば、蕁麻疹も出ないのだろうか。なるべく彼の皮膚へ触れないように頬を寄せれば、緩やかな溜息が空気を揺らした。


「ごめんね。疲れてるのに」
「そんなことを気にするくらいなら早く泣きやめ」
「うん。有難う」


何もできない私を”無個性だからこそ価値がある”と言った彼は、拾ってくれたあの日から変わらず、ずっと優しい。甘えてばかりもいられないのに、甘やかすことをやめてはくれない。

なまえ、と私の名前を紡ぐその心地いい低音が、滞った血液を循環させる。長く節ばった指がこめかみをなぞって、まるで悲しい過去など全て流すように、幾度か髪を梳いていった。



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