夫婦喧嘩は犬も食わない




ソファに座っているクリーム色のツンツンした髪に顎を置いた瞬間。文字通り秒速で振り返ったかっちゃんに、顔を真正面から鷲掴みにされた。凄い反射神経と瞬発力。視界が暗くて何も見えない。


「ねえかっちゃん」
「あ"?」
「何で既に怒ってんの。ちょっと小腹すいた」
「うるせえ怒ってねえわ。腹減ったから何だ」
「痛い、ちょっと痛いって」
「俺の頭に顎置くたぁいい度胸してんじゃねえか?あ"?」
「怒ってんじゃん…」
「怒ってねえっつっとんだろがぶっ殺すぞカス」


痛い痛い痛い。
顔の骨が変形してしまう前に、早くこの無駄に強い握力を緩めてほしい。このまま爆破でもされたら、私の首から上が吹っ飛ぶことだろう。まあそんなこと、みみっちいかっちゃんに限って今後のことを考えれば絶対しないだろうけど、私の心中は穏やかじゃない。
なんか右の方から上鳴の笑い声が聞こえるけれど、笑ってないでちょっとは助けなさいよ。後で吹っ飛ばすから覚えてろよコノヤロウ。


「かっちゃん痛い、ほんとに痛い」
「俺の手よりちっせぇ顔しとんだな」
「ちょ、え、何急に。もっと褒めてくれてもいいよ?」
「調子に乗んな殺す」
「いだだだだ…!」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさいぃ……!」
「よし。次はねぇからな」


ようやく解放された顔の側面をさする。まだ指圧されているような感覚が残る骨が、なんとも気持ち悪い。

ふん、と鼻を鳴らしたかっちゃんは、再び前を向いてソファに座り直していた。小腹がすいたって私の訴えは、どうやら完全にスルーする気らしい。機嫌のいい時なら、暴言を垂れつつホットケーキでも焼いてくれるのに、今はまったり気分なのか。とても残念だ。


仕方なくお腹の虫が盛大に鳴くことを祈りつつ、まだ笑っている上鳴の背中を叩いてから瀬呂の隣へ腰をおろす。皆で何を見ているのかと思えば、録画していたヒーロー番組だった。ちなみに女子チームは昨日見た。


「ねえ、さっきの聞いた?瀬呂。彼女に向かって殺すとかカスとかやばくない?掴まれすぎて面長になるとこだったんだけど」
「いやマジやべえわ。何であんなんと付き合ってんのみょうじ」
「オイ、あんなんって何だコラ」
「顔と個性がいい。あと割と可愛い」
「後半良く分かんねえけどなるほ」
「オイ、無視すんじゃねえ。てめぇも可愛いって何だコラクソ燃やすぞ」
「てかあっち座んなくていいの?爆豪何か言ってっけど」
「良いの。お腹すいたのに何も作ってくんないんだもん」
「あ、みょうじ」
「うん?」


反対側を差した瀬呂の視線につられて顔を向けると、それはそれはお怒りな様子のかっちゃんが、結構至近距離にいてびっくりした。
いつの間に寄ってきていたのか。才能マンは気配まで消せるらしい。そんな暢気なことを考えていたら、再び顔をガシッと掴まれた。ごめんなさい。助けて誰か。おい上鳴笑ってんじゃねえよフォローしなさいよお願いしますいだだだだだ。



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