とまりぎ




微かに上下している肩。
死んでいるんじゃないかってくらい静かな呼吸音。とく、とく、と響く二人分の心音。胸の両側で鳴るそれが、とても穏やかに重なる。


私の肩口に額を預けている彼は、強い人だった。

高ぶる感情が理性を追い抜いていって、どうしていいか分からなくなって、自分で自分が理解出来なくなって、どうしようもなく迷いが生じた時。彼は、それが人なんだって素直にのみ込むことを決してしない。誰の手も借りないし、助けなんて呼ばない。たとえどれだけ落ちたとしても、自分の力だけで這い上がれる人。
でも、いつからかこうして、私の傍で、少しだけ羽を休めるようになった。

弱い部分を見せてくれるのは頼りにされている証のようで、なんだか嬉しい。まあ、当然勝己はそんな風に捉えていなくて、きっと私の不安を和らげる為の一時とでも思っているのだろう。実際そうであることを否定はしない。


「勝己」
「……んだよ」
「このまま寝てもいいよ」


ぽんぽん、と逞しい背中を叩く。
ベッドの縁に預けた背中がほんのちょっと痛いけれど、そんなのは全然大したことじゃない。

時間が経過するとともに増していく体重や温もり。嗅ぎ慣れたシャンプーと柔軟剤の香り。首筋に触れるわずかな吐息。それらすべてに強く掻き立てられた愛おしさが、私の感覚を麻痺させる。
まるで麻薬のような勝己は「アホか」と呟いて、ゆっくり頭を上げた。


「私の肩じゃ寝にくい?」
「別に寝にくかねえけど、なまえが辛ぇだろ」
「大丈夫だよ。おいで」
「ハッ、貧弱なクセに見栄張ってんじゃねえわ」


名残惜しさに促されるまま両腕を広げてみたけれど、鼻で笑った彼はもう、来てくれやしなかった。
そろそろ飽きたのか。一瞬その綺麗な横顔が無になって、鮮やかなルビーが私を一瞥したかと思うと、とうとうベッドへ寝転んでしまった。こうなっては、私が甘えるしか、傍にいられる手立てはない。


「一緒に寝てもいい?」
「いちいち許可とんなうぜぇ」


相変わらず辛辣な物言いに、思わず苦笑がこぼれる。ちゃんと優しさが隠れているあたり、機嫌は悪くないのだろう。

それでもじっと待っていれば、不意にこちらを向いた勝己が「来んなら来るではよしろや」と鬱陶しげに脇を叩いた。



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