なんだかんだお姫さま




カーディガンに穴があいた。お茶子ちゃんに言われるまで気付かなかったけれど、たぶんどこかで引っかけたんだろう。まあそろそろ買い替え時だったし、毛玉も目立っていたしってことで、今まで有難うとゴミ袋に収納した翌日。

昨日まで暖かかったのに、何だこの寒さは。寮から校舎まで歩くだけなのに凍えて死にそうだ。ワイシャツとブレザーだけでは生きていけそうにない。


「ちょっと湯たんぽ様……」
「誰が湯たんぽだ!様つけりゃいいってモンじゃねえわ死ねカス!」
「もう三回くらい凍え死んだので温めてください」
「甘えてんじゃねえ!自分で温まれやクソが!」


んな薄着してっからだとか気温考えろとかどんな神経しとんだとかごちゃごちゃ言っているけれど、寒さのせいで全部右から左へ流れていく。上手く頭も回らない。自分で温まれって言われたし、ちょっとくらい良いよね。

心の中で自分を肯定しつつ、かっちゃんの脇腹、カーディガンとブレザーの間に腕を差し入れる。教室中がちょっとどよめいたような気がしたけれど、知ったこっちゃない。そのまま背中に腕を回して引っ付くと、数秒フリーズした湯たんぽに頭を叩かれた。


「俺を使うんじゃねえぶっ殺すぞ」


後ろで炎が燃えているような、ゴゴゴゴって音が聞こえてきそうな稀にみる真顔。怒っているのか、恥ずかしがっているのか。どっちにしろ今は温まる方が先決だ。一瞬たじろいでしまったけれど、かっちゃんなんか怖くない。殺すだの燃やすだの言われたところで、どうせ私には甘い人だと知っていた。


逃げるように広い胸元へ顔を埋める。
「離れろ燃やすぞ」と背中を引っ張られてちょっと首が苦しいけれど、我慢して必死にしがみつくこと数十秒。ようやく諦めてくれたらしく、頭上から降ってきたのは聞き慣れた舌打ちだった。
人より少しだけ高い彼の体温は、昔から心地良くてあったかい。まるで氷が溶かされていくように、麻痺していた脳が機能しはじめる。輪郭を失っていた音が、ようやくハッキリと鼓膜へ滲む。上鳴くんの茶化す声に怒鳴るかっちゃんのそれは、思ったより怒気を孕んではいなくて。


「かっちゃん」
「んだクソなまえ。満足したかよ」
「うん、あったかい。でももう一個お願いがありましてですね」
「あ?」
「カーディガン貸してって言ったら怒る?」


真上から私を見下ろすルビーが、こいつマジかとでも言いたげに細められる。けれど、小さな溜息の後に大人しくブレザーとカーディガンを脱いだ彼は、私がお願いした通り、カーディガンの方を貸してくれた。かっちゃんも寒がりなことは重々承知の上だったから、正直ダメだろうなって思っていたのに、ちょっとこれは予想外。「有難う」って素直に言ったら「汚したら殺す」なんて憎まれ口が返ってきた。



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