ふたりだけの箱庭




どこへ行っていたのか。
夜遅くに帰ってきた長細いシルエットから微かに漂うのは、硝煙と鉄の匂い。瞼の裏側で、彼の煌びやかな青い炎が容易にちらつく。名前を呼べば「ああ、いたのか」なんて辛辣な言葉とともに、薄い色の双眼が細められた。

少し遊んできたのか、真面目に働いてきたのか。
どちらにせよ、私の鼻を誤魔化すことなんて出来やしない。彼もそれは分かっているようで、何も言うなと牽制するように伸ばされた手のひらが、くしゃりと前髪を撫でていった。


「下見して来ただけだ。心配すんな」
「別に心配はしてないけど、怪我は?」
「してねぇよ」
「見せて」
「脱がす気か?」
「あなた次第ね。素直になってくれるなら必要のないことよ」
「相変わらず物怖じしねぇ女だな」
「嫌いじゃないでしょ?」


喉の奥で笑いながら「生意気すぎ」とソファへ腰をおろした荼毘を横目に、救急箱を取り出す。私が治癒系の個性だったら良かったのだけれど、あいにくそんなに恵まれたものは持ち合わせていなかった。怪我がないか再度尋ねれば、まるで挑発するように口角を上げたまま黙って見つめてくるのだから手に余る。


心配はしていない。その言葉に嘘はない。

荼毘が強いことも、そうやって自分一人で生きてきたことも、捕まるほどバカじゃないことも、意外と狡猾なことも知っているし、そもそも私自身そこまで優しい人間ではない。ただ、こんなに安らげる環境を提供してあげているにもかかわらず、怪我が悪化して存分に暴れられない、なんて不粋なことをして欲しくないだけ。彼の炎は、いつだって自由であるべきだった。


「あなたってこんなに意地悪だったの?」
「今更気付いたのか?」
「そうね。脱がされたい願望があったなんて知らなかったわ」
「人聞き悪ぃなあ…お前限定だっつの」


これみよがしな甘い台詞に眉を寄せれば、大きな手に腰を捉えられた。逆らえない重力のまま、彼の腕の中へ身を沈める。強くもなく弱くもなく、けれど逃げることは許してくれそうにない力加減。私のことを、いっそ憎らしいほどよく分かっているそれに、抱いてはいけない愛しさが募る。

密着すればするほど濃くなるはずの血の匂いは変わらず薄く、これくらいならきっと、怪我をしていたとしても擦り傷程度のものだろう。もしかしたら、皮膚の繋ぎ目が少し裂けたのかもしれない。それならまあ、問い詰めて無理矢理脱がせるほどのことでもない。

まあいいかと息を吐けば、自然と全身の力が抜ける。耳元で、小さく荼毘が笑った。



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