春はすぐそこ




「三日間、友達と旅行に行くのよ」と嬉しそうに母が言うので「楽しんできて」と、アルバイトで稼いだ内の一万円をプレゼントした。我ながらなんていい娘なんだ。ちゃんとお小遣いをあげたんだから、カレーでも作ってから旅立ってくれるだろう。

そう思っていたのに、今、目の前には空っぽの冷蔵庫。
マジかお母さま。なまえはショックだよお母さま。最早溜息も出ないぞ。


仕方なく上着を羽織って、暖かいムートンブーツに足を突っ込む。向かう先は、歩いて少しの所にあるコンビニ。目当てはもちろんお弁当だ。

信号で立ち止まれば、途端に冷たい風が肌を撫でていく。もう春も近いっていうのに、意外と寒い。こんなことならマフラーもしてくるんだった。
小さく悔やみながらコンビニまで歩くと、入口横で溜まっている学生達の方から、覚えのある声に名前を呼ばれた。たった一度で誰のものか分かる、私が好きな声。


「…切島?」


呟くと、自分から呼んだくせに少しバツが悪そうな顔をして寄ってきた彼は、灰色の制服姿だった。テレビで何度か見たことのある、かの有名な雄英高校のそれが、とても良く似合っている。学校帰りだろうか。こんな所にいるなんて珍しい。

首元を覆うマフラーが、とても暖かそうに見えた。


「あー…えっと、……買い物か?」
「うん。晩ご飯なくて」
「え、おばさんは?」
「旅行行っちゃった。冷蔵庫空っぽ」
「うえーマジかー」


言葉通り、うえーって顔をした切島に笑うと、彼の後ろにいる面々の視線が刺さった。ぼんぼりがついた紫色の小さな男の子と、狐目のすっとした金髪くん。皆同じ制服ということは、お友達なんだろう。


「切島は友達と?」
「ん?ああ、まあ…」


歯切れの悪い返事に、彼が皆を気遣っていることが分かって、思わず頬が緩む。
何も考えてなさそうで、実はいろいろと考えている切島らしい仕草だった。


「何だよ彼女かよ…」
「ばっ、ちげーって」
「どうも初めましてー。クラスメートの上鳴ですー」


寄ってきた彼らに「初めまして、みょうじです」と挨拶を返す。

どうやら紫色が峰田くんで、金髪が上鳴くんらしい。フレンドリーな人達だ。っていうか私、もろ素っぴんなんだけど。切島や切島の友達に会うって分かっていたら、ファンデーションくらい塗ってきたのになあ。


「てかちっさ。え、峰田と変わんなくね?ちゃんと食べてます?って言うかいくつ?」
「みょうじさんは切島の友達なんですか?」
「ええと…」
「あーもう!いっぺんに聞くなって!」


私を庇うようにずいっと前に立った切島は「ごめんな」と振り向きながら苦笑する。ううん、って首を横に振るとナチュラルに頭を撫でられて、二人に茶化された。だいぶ恥ずかしいけど、ちょっと嬉しかった。



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