愛と窒息




控えめなテレビの音で、目が覚めた。
昨日つけっぱで寝たはずもねえし、実家に帰って来てるわけでもねえのに何でだ、と、重い瞼を押し上げる。
ぼやけた視界の中。薄暗い室内に、見慣れたシルエット。ベッドを背にして座っているその頭を雑に掴めば、ちいせえ肩が跳ねた。


「ごめん、起こした?」
「……ん」


文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、あいにく頭が回らねえ。寒ぃ。毛布にくるまって、シーツに顔を埋める。いつもならもっと直ぐに覚醒出来んのに、今日は異常に眠てえ。

朝特有の冷めた空気が揺れる。なめらかな髪を伝って滑り落ちた腕を戻すことすら億劫で仕方ねえ。今日は日曜だったか。ぼんやりした頭に、ニュースキャスターの声が八時を告げた。ゆっくり背中にかかった重みは、風船かクッションかくれえの軽さ。


「おーい。また寝ちゃうの?」


様子を窺うような、つまらなさそうな、そんな声だった。女にしては少し低く、鼓膜へ浸透しては、ゆったりと広がる。同時に、だんだん意識も戻ってきた。

たく、寝ちゃうの、じゃねえわ。元はといえば全部こいつのせいだ。

俺が気持ちよく寝かけていたところに押しかけて来ただけでなく、借りてきたホラー映画を一緒に観てくれと食い下がり、ものの見事にエンディングまで付き合わされた。挙句の果てには、意識が落ちかける度に肩を揺さぶられ、寝るな起きろとキスまでしてきやがったモンだから、怒るに怒れねえし燃やせもしねえ。嫌でも冴えたこの頭が落ち着いたのは、なまえの寝息が聞こえた後だった。

人の気も知らねえですやすや気持ちよさそうに寝やがって。思い出せば出すほど、腹が煮える。


「……おりろクソデブ」
「デブじゃないもん」
「そういや、また痩せやがっただろ」
「一キロだけね」
「しっかり食って太れや。死ぬぞ」
「勝己が毎日三食作ってくれたら死なないで済むかもね」
「誰が作るか。贅沢言ってんじゃねえわ死ね」


シーツに手をつき、背中から落とす。呆気なく転がったなまえの綺麗な藤色が俺を見上げた途端、にんまり弧を描く唇。全部計算していたような含みを伴って「おはよ、勝己」と紡いだそれに、自然と眉が寄った。こいつの頭ん中だけは、どうなってやがんのか未だに分からねえ。

ちょっとビビらせてやるか程度の気持ちで、ちいせえ顔の横へ肘をつく。顔を寄せて、鼻先が触れ合うか合わないかくれえの距離。それでも、いっそ挑発的にさえ見える視線が逸らされることはなく、這うように背中へ回されたほっせえ腕から心音が伝わってくることもない。いつもそう。俺が何をしたところで、本当に好きなんかって疑うレベルで動じねえ。まあ、こいつが何をされても受け入れんのは俺だけって知ってっから、別に疑わねえけど。


「ちゅー、してくれないの?」
「…して欲しいんか」
「お姫様はキスで目覚めるんだよ」
「もう覚めとんだろが」
「お姫様ってとこは否定しないんだね」


くすくすと嬉しそうに笑う薄い唇は、お望み通りキスで塞いでやった。



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