ひと握りの優しさ




「みょうじ」
「……なあに、爆豪くん」
「またか」
「やだな、何が?」
「とぼけんじゃねえ。てめえで分かってんだろ」


ああ、よわったなぁ。

悲しい、苦しい、辛い、寂しい。
人前では隠そうとするそれらの感情は、他人にひどく分かりづらいと思うのだけれど、どうしてだか、彼には気付かれてしまうらしい。


はぐらかそうとしても、どれだけ大丈夫だと笑ってみせても、大したことではないと嘯いてみせても、彼だけは傍に来て、顔を顰めて"ひとりで泣くな"と言う。気遣うでもなく、見逃すでもなく、腫物のように扱うでもなく。

そこに、心の中を土足で踏み荒らすような荒っぽさは微塵もなくて、どちらかと言えば、そっと手を伸ばしてくれているような、普段の彼にはあまりにも不似合いな優しさが灯っている。


「私以外にとっては、どうでもいいことだもの」
「てめえにとっては大切なことなんだろ」


私が私を正当化するための言い訳は、大きな舌打ちに呑まれてしまった。どうしたもんか。

ポケットに両手を突っ込んだまま歩み寄ってくる彼から、窓の外へと視線を逸らす。四角く切り取られた空は、今日も綺麗な青色をしていた。


不意に滲んだ負の感情が胸を覆う時、ひとりになって涙さえ忘れようとすることは、そんなにいけないことだろうか。

空気が揺れて、視界の端には彼の影。目を閉じていても分かる、触れそうで触れない距離。
風に乗って届く微かな甘い香りが、鼻腔を伝って肺へと流れ、私の一部になる。


「言えや」


強制的な言葉だというのに、もう随分と聞き慣れてしまったそれに不快感はない。

生まれた場所も、息をしてきた環境も、育った過程もすべて異なる私のことを、もしかすると彼は、私よりもよく知っている。そんな錯覚を起こさせるほどの安心感が、なんだか可笑しくて、くだらなくて。


「本当に、どうでもいいことなのよ」
「何回も言わせんなボケ」
「……花がね、枯れてしまったの」
「は?花?」
「うん。花」
「………」
「ね、どうでもいいでしょう?」


そんなことかよ。
そう、顔に書いてある爆豪くんに苦笑する。

部屋の窓際に飾って、今まで大事に育ててきた植物が枯れてしまった。私がひとりになりたい原因は、たったそれだけのこと。花に興味のない人からすれば、思わず呆れてしまうほどつまらなくて、ちっぽけな"そんなこと"。共感など得られないだろうし、この侘しさを分かち合えるはずもない。

それなのに、バカにして笑い飛ばすこともしなければ、くだらないと一蹴することもない爆豪くんは、何を思い、何を考え、私の隣に立っているのだろうか。その心の内が知りたくて、いっそ硝子のように透けて見えたら、なんて愚考する。


「時間、まだ大丈夫?」
「ああ。予鈴鳴ってからでも走りゃ間に合う」
「そっか」
「んなことより、今はてめえだろ」
「うん。でも、私の分まで爆豪くんが心配してくれてるから、なんか大丈夫になってきた」
「ハッ、クソ単純かよ」
「そうかも」


ひと握りの優しさを携えた爆豪くんの肩へ、頭を預ける。制服越しに伝わる熱が心地いい。不意に触れ合ったのは、愛しさを孕んだ指先で。ぴくりと震えたそれは、なぞるように肌の上を滑り、私の手を握った。



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