いたずらな余韻




授業が終わるか終わらないかくらいから危ないとは思っていたけれど、まさか本当に寝てしまうとは。先生が戻ってくる前に起こさないと、と、いつもより丸まっている背中を指先で小突く。

起きて、起きて。
まだ放課後じゃないよ。
後ちょっとの我慢だよ。
もうちょっとしたら帰れるよ。

個性を使って、うたた寝してしまっている彼の頭の中へ呼び掛ける。ざわざわとした教室の喧騒も相俟ってか、それともまだ完全に寝入っていなかったのか、私の試みはどうやら成功したらしい。すみれ色の髪が揺れたかと思うと、隈の目立つ三白眼が緩慢な動作で振り向いた。


「おはよう、心操くん」
「…おはよう」
「もうちょっとファイト」
「ん…有難う」


くあ、とこぼされた欠伸。とても眠そうな様子に、つい心配が胸を覆う。

思えば、彼の目元に常駐している隈は、入学当初からあった。元々睡眠不足なのかもしれない。最近は、放課後になるとすぐにどこかへ行ってしまって、寮に帰ってくる時間も遅い。風の噂では、ヒーロー科の先生と一緒にいると聞いた。きっと心操くんの求めるものが、普通科にはないのだろう。

もちろん、何をしたって彼の自由だ。夢を追う姿は素直に応援したいし、そもそもクラスメート以上でも以下でもない私が口を出せるようなことでもない。それでも、自分の体は大事にしてほしかった。どうしてかな。他の子だったら放っておくのに、心操くんには声を掛けずにいられない。


「あんまり無理しないでね」
「ああ、大丈夫」
「そっか。応援してる」


心操くんの瞳が意外そうに丸められ、それから、ふっと細まる。変なことを言ったつもりはないけれど、何か可笑しかっただろうか。
首を傾けると、緩まった口元を隠すように手の甲がそえられた。


「いや、みょうじさんは変わらないなと思って」
「そう?」
「うん」
「…それ褒めてる?」
「一応」


ガラリ。
空気を裂いたのは、扉の開閉音と先生の声。黒板へ向き直った心操くんに、それ以上深くは聞けなかった。



back