湧き立つ熱の宥め方を教えて




お風呂から帰ってすぐ。「なまえ、入んぞ」って突然部屋に押し入ってきたかっちゃんは、私が持っている導入液やら化粧水やら乳液やらを散々吟味した後「早よ座れ」とカーペットを叩いた。おそるおそる腰を下ろせば、まだ濡れたままの前髪をピンで留められ、明るくなった視界いっぱいに顰めっ面が映る。


「おら目ぇ閉じろ」
「なに?ちゅー?」
「ちげーわ。頭沸いとんのか」
「えー。期待したのに」
「チッ。……後でしてやっから先閉じろ」


思ってもみなかった返事に驚いたのも束の間。導入液をプッシュした両手のひらに頬を挟まれ、慌てて目を瞑った。


ハーブの香りがふわりと広がる。いつも冷たく感じるジェルは、彼のおかげで温かい。頬からこめかみをなぞった指が涙袋をやわく撫で、瞼や額、鼻筋を伝って小鼻や口元と、マッサージをするようにゆっくり塗りひろげていく。素っぴんを丸まま晒している今の状態は恥ずかしいけれど、まあいいかなって思えるくらいには十分気持ちがいい。こんなに優しく触れるんだってまた驚いて、そういえば昔から手加減だけは上手だったなあって懐かしさがふつり。

大きくなったね、私達。かっちゃんの片手と私の顔が同じくらいになるだなんて、ただ漠然とヒーローに憧れていたあの頃は想像もしなかった。


「……おい、にやけんなブス」
「そのブスのお肌を甲斐甲斐しくお世話してるのはどこの勝己くんかなー?」
「るっせえなやりづれーんだよ。口ん中コットンぶっ込むぞ」
「ごめんそれはきつい」


さすがに化粧水味のコットンを食べたくはないし、もしそうなったらたぶんキスもしてくれない。

大人しく真顔を保てば、水分をたっぷり含んでいるだろう感触のコットンで優しく肌を包まれた。ちょっと固めの乳液が表面へ伸ばされ、ずっと触れていた体温が離れる。そろそろ終わりか。目、開けてもいいかな。それとも指示が飛んでくるまで待った方が賢明か。


「ねえかっちゃん、もう目開けていい?」


試しに聞いてみれば思ったよりも近くで「まだ閉じてろ」って声がした。

瞬間、揺れた空気と触れる吐息。


「――……、」
「……」
「……」
「……閉じてろっつっただろ。何開けとんだ」
「や、うん……ごめん」
「チッ」


ぱちぱち瞬く。

そっとくっついてやんわり離れていった唇があまりに優しく、甘やかで。たとえばもっと投げやりな、歯と歯がぶつかってもおかしくないようなキスをされると思っていたのに、ずるい。「髪乾かしてやっから後ろ向け」なんて、ちょっと待って。そんな簡単に切り替えられる頭じゃないの、知ってるでしょ。



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