さらわれたリグレット




ああ、もう、最悪だ。

発注ミスで大量に届いた備品。通達ミスで遅れた要請。電話番号に送ったFAX。最悪だ。大体のことは持ち前のポジティブさで乗り切ってきたけれど、社会人にもなってこれだけのミスはさすがに泣きたい。
自分一人が大変な思いをするだけならまだいい。でも今回はそうじゃなくて。他所に迷惑を掛けてしまっただけでなく、現場に向かったかっちゃんまで手間取らせてしまった。帰ってきたら、きっと物凄い形相で怒鳴られるに違いない。いやいいんだけど。怒られるのは当然だし、きっちりお叱りを頂いて、しっかり反省します。罪悪感に押し潰されそうで、いっそ穴がなくても埋まりたい。


「はぁ……」


優しい同僚にもらった缶コーヒー片手に、ロビーの簡易ソファへ腰を下ろす。早い話が、事務所を追い出されてしまった。
何でこんなに今日はダメなんだろう、と考えたところで気分が上がるわけもなく。とりあえず各所への謝罪は終えたし、後処理もなんとか出来た。あとは、かっちゃんに全力で土下座するだけだ。

せめて真っ先に自分から謝ろうと、入口のガラス戸を見つめること数分。見慣れたシルエットが視界に映った瞬間、胸の底から熱いものが込み上げた。

ああ、もう。早く謝らないといけないのに、どうしてこんなに泣きたくなるんだろう。何でこんなに、安心してしまうんだろう。


「申し訳ございませんでした」


謝罪以外の感情を振り払って、歩み寄ってきたかっちゃんに頭を下げる。怒鳴り散らされる覚悟も、全身黒焦げにされる覚悟も出来ていた。歯を食いしばって、ぎゅっと目を閉じる。けれど、予想していたような痛みは襲ってこなくて、ただ大きな手のひらに、ぽんぽん、と頭を撫でられた。


「わざとじゃねえことくれえ知ってら。顔上げろブス」
「……ブスじゃないし」
「うるせえ。その辛気くせえ面どうにかしろっつっとんだポンコツ」


雑に髪を乱す拙い優しさに、目の奥が熱くなる。鼻がツンとして、今にも溢れそうな涙を耐えながら渋々顔を上げると、今度は舌打ちが降ってきた。
綺麗なルビーが、ゆっくりと細まる。手袋をはずした両手が伸ばされ、頬を包まれた瞬間、

ゴツッ。

鈍い音と共に額を襲った痛烈な痛みに、目の前がチカチカした。せっかく慰めてくれるのかなってちょっと期待したのに、まさか頭突きをされるなんて誰が予想出来ただろう。
じんじんする箇所を両手で覆って、ただ痛みが通り過ぎるのを待つ。石頭じゃないかっちゃんの額も赤くなっているし、もうわけがわからない。


「痛いよかっちゃん…」
「くっそ、俺も痛えわこのクソ石頭…」
「同じくらいだよ……」


互いに額を押さえた仏頂面のまま、視線を交わすこと数秒。同じ姿勢で向き合っていることが面白くて、思わず吹き出してしまうと、かっちゃんも口角を緩めた。満足気な瞳に顔を覗き込まれ「ちったぁ気ぃ紛れたかよ」と投げられた声は優しくて。


「励ましてくれたの?」
「次はぶっ殺す」


相変わらずの不器用さは、学生の頃から何一つ変わっていないらしい。
再び髪をぐしゃぐしゃにされたかと思うと、ようやく痛みの引いた額に、謝罪代わりのキスをしてくれた。



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