思えばいつだって




※軽微な血表現有り





触れる度に小さく震える手を、守ってやりてえと思ったことはない。
ましてや、愛しさなんてもっと分からねえ。周りから言われるような甘ったるい感情を抱いたこともねえし、そもそも、誰かに守ってもらわなきゃなんねえほど弱い女でもなかった。


けど。


爆豪くん、と聞こえた声に足を止める。
俺の肩ほどもねえ小さな背。華奢な肩。体のラインは細く白く、ヒーローとしては随分と頼りねえなまえが押さえている薄っぺらい腹からは、赤い血が溢れていた。頭の中が一気に冷えて、腹の底が煮えくり返る。


「良かった、無事なんだね」
「てめえの心配しろや。誰にやられた」
「大丈夫。もう引き渡したよ」
「チッ、歩いてんじゃねーわ。止血すっから座れクソが」


ふらふら歩き出そうとする細い腰を引き寄せ、無理のねえ範囲でしゃがませる。全体重を片腕に預けさせてやれば「ごめんね」と苦笑する、血の気のねえ白い顔。

ごめんねもクソもあるかって文句はのみ込む。
こんな状態で何を言われたって一ミリも響かねえだろうし、何より、頼むから死ぬなって思いの方がデカかった。

言葉を発するために要する時間すら惜しんだのは、生まれて初めてで。もしかするとこいつは、俺にとって大事な存在なのかもしれねえと、今更考える。
愛しいとか、好きだとか、守ってやりてえとか、傍にいてほしいとか。そんな、モブ共が言うような感情は一切分からねえが、それでも、一瞬脳裏を過った最悪の事態に肝が冷えた。

幸い、傷はそれほど深くなく、押さえていればものの数分で血は止まった。


「ごめんね、手汚しちゃって」
「気にしてる場合かカス」
「うん、ごめん…」
「それと、現場で名前呼ぶんじゃねえ」
「ごめん……」
「………あんま無茶すんな」
「うん、ありがとう」


腕の中で嬉しそうに微笑むなまえに、こぼれたのは安堵の息。

俺の頬をやわく撫でた擦り傷だらけの指先に、目を細める。肌の上を滑るそれは、なぞるようにゆっくりと、俺の目尻を行き来した。「泣いてくれてもいいんだよ?」なんて、うっせえわ。誰が泣くかカス。



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