五感ぜんぶで愛して




ふわり。甘いムスクの香りが、ほのかに鼻腔を掠めた。

個性のおかげか、嗅覚はそれなりに良いと自負している。切島くんが掃除機をかけながら忙しなく傍を通る度、強く香るそれが、自分のつけている香水だと気付かないはずもなかった。

ここのところ、休み以外は毎日そうだ。
こっそり私の物を使っているのか、それとも同じ物を買っているのか。単なるお洒落かもしれないし、そうでないかもしれない。

なんか、この匂いするとみょうじだなーって感じ。いつだったか、そう言っていたことを思い出す。


「うおっ!」


近くに来た逞しい腕を、力いっぱい引っ張った。不意打ちだったからか、意外とすんなり倒れ込んできた彼と一緒にソファへ沈む。途端に強く広がるのは、やっぱり甘くて落ち着く香り。


「わりぃ!大丈夫か?どっか打ってねえか?」
「打ってない打ってない。大丈夫だからちょっと構って」
「構ってって、お前なあ……」


照れたように赤らんだ彼の頬は、なんだかりんごのようで美味しそうだ。そう眺めていれば、うに、と頬を摘まれた。
これは”掃除を手伝え”ってことなんだろうか。全然痛みを感じない摘み方には、彼らしい優しさが詰まっている。

でも、離してなんかやらない。

肩へと滑らせた腕を彼の首へ回し、そのまま引き寄せれば、あったかい体温とムスクの香り。
掃除機が音を立てて床に倒れたけれど、そんなのどうだっていい。今は構ってほしい気分だった。


ぴしりと固まった切島くんは、恥ずかしいのか照れているのか、はたまた両方か。みるみる内に上昇していく体温が可愛い。引き剥がそうとしないあたり、くっついていること自体に不満はないのだろう。それならそれで、無理に掃除へ戻る必要もない。


「ねえ、構って」


首筋へ鼻先を埋めて、ねだるように擦り寄る。我ながら狡いと思う。分かっている。分かっているけれど、私がわがままなのは、今に始まったことではない。それは彼も知っていて、そんな私を好きになったのだから、少しくらい許してくれるだろう。

香水で私を思い出すくらいなら、目の前にいる等身大の実物を愛でてほしい。

大きな溜息と共に脱力した切島くんは、観念したように抱きしめてくれた。日に日に逞しくなっている腕に抱かれ、このまま眠ってしまいたいような、ずっとこうしていたいような気持ちに駆られる。


「好き」
「……俺も」


耳元で囁いた音は、とても優しく甘やかな余韻を残して、私の胸を満たしていった。



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