「おはよう」




遠くの方で、声がする。
私の名前を呼ぶ、穏やかな低音。よく知っているそれに、ふわふわと意識が浮上していく。まぶたの向こう側が明るくて、徐々に起きはじめた鼓膜が、いろんな音を拾いだす。

微睡みから覚めるこの瞬間は、存外嫌いじゃない。


「はよ起きろやクソ寝坊助」
「いっ!たぁ……」


スパァン、と小気味よく叩かれた頭を押さえながら、枕に顔を埋める。せっかく起こし方は優しいのに、私が起き始めた途端、暴力的になるのはいつものことだった。


「せめて起きあがるまで優しくしてよ……」
「知るか。こっちのが目ぇ覚めんだろ」
「覚めないよ……眠い……」
「チッ、手のかかる奴だな。おら起きろ!」
「んんんー……」


少々乱暴に腕を引かれ、無理やり上体を起こされる。

明日は珍しく二人揃ってのおやすみだからゆっくりしようね、って、昨日約束したんじゃなかったっけか。
背を丸め、左右に揺れそうな体をなんとか保ちながら、一緒に眠った昨晩を振り返る。そういえば、ちょっとだけ甘い夜を期待していたのに、すぐに寝てしまった気がする。お互い疲れてたんだろう。


上手く開いてくれない瞼を、ゆっくり押し上げる。ぼやけた視界がだんだんと鮮明になっていって、その真ん中には、眉間にシワを寄せた爆豪くん。
様子を窺うようにこちらを見つめる赤い瞳に微笑むと、ゆるやかに細められたそれが近づいて。鼓膜を一瞬揺らしたのは、軽いリップ音。

「やっと起きたかよ」と薄く笑う彼の首に腕を絡めて、今度は私から顔を寄せる。鼻先が触れ合って、吐息が肌を滑る距離。大きな手に後頭部を捉えられれば、もう一度優しいキスが降ってきた。
なんだかんだ言って、今日は機嫌がいいらしい。


「おはよ」
「はよ。コーヒーいれてやっから顔洗ってこい」
「んー。あれ、爆豪くん朝ご飯は?」
「アホか。んなモンとっくに食ったわ。今何時だと思ってんだ」
「んん?」


彼の言葉に時計へ視線を遣れば、なんとびっくり。もうお昼前だった。まさかそんなに眠っていたとは。やばいやばい。せっかくのおやすみが終わってしまう。

慌ててベッドから抜け出し「コーヒーよろしくね」と一声掛けてから、スリッパを引っ掛けた。

歯を磨いて顔を洗い、化粧水で軽く肌を整えて髪を梳かす。寝起きよりかはマシな見た目になったところでリビングに顔を出せば、既にコーヒーのいい香りが漂っていた。


同棲するようになって早半年。
休日だろうと仕事だろうとなんだろうと、私の朝がコーヒー一杯から始まることを、爆豪くんはよく知っていた。



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