おやすみなさい




お風呂を済ませ、ベッドで寝転びながら帰りを待っていたのがいけなかったらしい。いつの間にか眠ってしまったようで、目が覚めた時にはもう、部屋の電気は消えていた。

背中には、穏やかなぬくもり。
嗅ぎなれた、この仄かに甘い香りは間違いなく彼のもので、がっしりとした腕は、抱き締めるように私のお腹へと回されていた。

胸にじんわり広がる幸福感とは裏腹に、落胆と罪悪感がふつふつと湧き上がる。
「明日はてめえも休みだろ。夜更かし出来んな」と、まるで悪戯っ子のように口角を上げていた彼を、一体どれほどガッカリさせてしまったことだろう。折角の休日前なのに、考えれば考えるほど申し訳なくなって、静かに溜息を吐いた。


彼を起こさないよう、ゆっくり体を反転させ、端整な寝顔を見上げる。そう言えば、こうして眠っている姿を眺めるのは随分久しぶりかもしれない。いつも先に私が寝てしまうせいで、最近では眺めるどころか、目にすることさえ出来ていなかった。そう思うと、少しだけ優越感に浸れて、負の感情が和らいでいく。

逞しい体に腕を回せば、途端にあたたかさが全身を包んだ。


「ん…」


掠れた低い声が、空気を揺らす。
もぞりと身じろいだ勝己に思わず固まれば「…なまえ」と名前を呼ばれた。まさか起こしてしまったのかと思ったが、その瞼が開くことはなく、どうやら寝言だったらしい。次いで鼓膜を震わせたのは、至極穏やかな寝息だった。

夢でも見ているのだろうか。

なんとなく気になって、少しそのまま凝視していると、珍しく眉間にシワのない優しい顔で、口元が緩められた。そうして、きゅ、と。強くもなく弱くもない絶妙な力加減で抱き締められる。絡められた脚があたたかい。

とくとくと脈打つ鼓動の音が重なって、まるで二人の心臓が溶け合ったかのような錯覚に陥る。


「……好きだよ、勝己」


口から洩れた想いは、彼の胸に吸収された。





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