想い出づくり




冷たい風が、頬を撫でていく。
ゆっくり吐き出した息は白く染まり、随分と日が短くなった空は、もう真っ暗だ。冬の訪れが色濃く感じられる寒さに、自然と身体が縮こまる。やっぱりズボンにすれば良かったかな。とても寒い。

マフラーに口元を埋め、悴んだ手をコートのポケットへ入れる。と、聞きなれた声が、私の名前を呼んだ。ついで駆け寄ってくる足音。顔を上げるなり両頬を大きな手に覆われ、途端に広がった温もりが滲んでいく。

見上げた先の爆豪くんは、少し怒っているようだった。


「ごめんね。早く来すぎちゃって」
「んとにてめえは…!ろくに待ち合わせも出来ねえのか!」
「ごめんってば」
「時間通りに来いやカス!」
「んんんん…」


ぐりぐりと押し潰すように揉まれている両頬が痛い。ちょっとだけ頑張った、せっかくのメイクが崩れてしまう。そう牽制しようと握った手は、少し汗ばんでいた。

さっきは気付かなかったけれど、もしかして、約束した時間よりも随分早く着いてしまった私の為に走って来てくれたのだろうか。

分かりにくい優しさに思わず笑ってしまえば「何笑っとんだクソなまえ」と頭を叩かれた。痛い。文句を言う間もなく、強引に手を引っ張られる。早く向かう為とはいえ、爆豪くんから繋いでくれるあたり、それほどご機嫌ななめではないらしい。


思えば、二人で出掛けるのは久しぶりかもしれない。だからか、すぐ隣にいるこの距離感も繋いでいる手の温もりも、なんだか気恥しくて慣れない。私に合わせて狭められた歩幅に、なんとも言いようのないくすぐったさを覚えながら、足を進める。


「ニヤニヤすんなきめえ」
「だって嬉しいんだもん」
「はぁ?」
「爆豪くんと、その……デ、デートだし……」


やばい。顔が熱い。
とても軽い気持ちで答えるつもりだったのに、たった三文字を口にすることが、こんなにも恥ずかしいだなんて思いもしなかった。「電飾見に行くだけだろ」と息を吐いた爆豪くんの手に、私の何倍にもふくれあがった熱が移っていく。

恥ずかしさに視線を上げられないまま爪先ばかり見ていると、アスファルトだった地面がタイルへ変わった。小さく反射する光に目が眩んで、顔を上げた先。


「わあ……」


視界いっぱいに広がるのは、煌びやかなイルミネーション。
見慣れているはずの商店街はすっかり様変わりしていて、光のアーケードが暗い空によく映えている。地元だし大したことはないだろうと思っていただけに、衝撃と感動が、とても大きく胸を包んだ。


「綺麗だね、爆豪くん」
「ただの電球だろ」
「でも綺麗だよ。ほら見て」
「言われんでも見えとるわ」


再び歩き出した爆豪くんの手に引かれ、商店街をゆったり歩く。ちらりと盗み見た横顔は、やっぱり興味なんてなさそうだけれど、珍しく文句も言わずに付き合ってくれる気構えらしい。
ごつごつした男らしい手を握り直すと、上着のポケットへお招きされた。


綺麗な光景と、地元の安心感と、大好きな爆豪くん。

なんて贅沢な三点セットなんだろう。
ふわふわした心地に、さっきから緩みっぱなしの頬が締まらない。


「ねえ、一緒に写真撮りたい」
「は?一人で撮れや」
「まあそう言わず、思い出にさ」
「いらねえ」
「どれがいいかな…」
「だからいらねえっつってんだろ。何選んどんだカス」
「え?加工」


小さなクリスマスツリーの前。
通りの邪魔にならない位置で立ち止まって、カメラアプリの加工を吟味する。
うさぎか猫の方が可愛いけれど、爆豪くんが本気で怒ることを考慮すると、やっぱりクマだろうか。冬だし、もこもこしているのも可愛いかもしれない。


「ほら、ちょっとしゃがんで」
「指図すんなクソが」
「私も背伸び頑張るから、ね?お願い」


間近で聞こえた舌打ちに苦笑しつつ、精一杯腕を伸ばす。

なかなか画面の枠内に入ってくれない爆豪くんだったけれど、爪先立ちをしている私の足がぷるぷるし出した頃には、一応屈んでくれた。可愛いクマ耳がついた仏頂面はなんともシュールで、すぐさま爆豪くんに送ってあげたら、さもくだらないと言いたげに鼻で笑われたけれど、私は満足だ。


キラキラと綺麗な商店街を端から端まで歩き、最後にお肉屋さんのほかほかコロッケを買って帰路につく。
お会計の時に一瞬離れた手は、また、爆豪くんから繋いでくれた。




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