心浸水




予想はしていた。
たぶん、そういったことにあんまり興味がなくて、ヒーローになる為に必要なこと以外はどうでも良くて、心情を読み取るのは上手なのに彼自身が強いものだから、気にかけてくれることも少ないだろうなあって、わかっていた。それでも、傍に置いてくれて、ほんの少しだけ特別になれるなら、それで良かった。

困ったなあ、と息を吐く。
人とは、どんどん贅沢になっていく生き物らしい。


「爆豪くん」
「あ?」


呼べば振り向いてくれる広い背中に身を寄せる。ぴくりと震えた肌。呼び掛けたくせに何も言わない私を訝しんでいることが伝わってきて、どうしようか迷う。

そろそろ名前で呼びたい。
こんな風に触れていたい。
別に不安なわけじゃないから、口にはしないけど。爆豪くんがこのままで十分って言うなら、それで良いんだけど。

触れている箇所が、じんわり熱を帯びていく。
爆豪くんの体温は、人より少しだけ高い。付き合うようになってから知ったこと。


「んだコラどうした」
「……」
「おい、みょうじ?」


もし、こうしてくっついているのが私以外なら、問答無用で引っペがしているだろうし、無視しようものなら即座に爆破しているだろうと思う。わかっている。私だけ特別なことも、一応気を遣ってくれていることも、全部。それなのに、もう少しだけを望んでしまう贅沢な私を知ったら、爆豪くんは幻滅するだろうか。


「オイ!」
「っ」


ぐ、と腕を引っばられ、なかば強引に剥がされた私の背にベッドが当たる。地味な痛みに苦笑すると、目前の爆豪くんは眉間にシワを寄せて、やっぱり訝しげにこちらを見下ろしていた。


「聞こえとんだろ。返事くれえしろや」
「ごめん…ちょっと考え事してた」
「あ"?」


ぴき、と、爆豪くんのこめかみに青筋が浮かぶ。まずい。そう思った時にはもう、両脇を腕で塞がれていて、爆豪くんの綺麗な赤い瞳が大きく見えて、影が、落ちる。




「俺以外の事なら殺す」


唇に触れたカサついた感触と、至近距離で響く苛立ったような低音。

フリーズした思考が熱をともなって動き出すまで、それほど時間はかからなかった。
まるで"俺だけ見てろ"とでも付け足すように、真っ直ぐ私を貫く瞳が近くて心臓がうるさい。驚きと嬉しさと恥ずかしさ。そんなものが、ふつふつ内側を覆っていって、愛しさで胸がいっぱいになって。


「ったく、なんか言えや」
「……っかい…」
「あ?」
「もういっかい、してほしい…です」


思わず口を突いて出た言葉に、爆豪くんの眉間からシワが消えた。
自分が今、どんな顔をしているかなんて想像もつかないけれど、きっと真っ赤になっているのだろう。

口角を上げ、至極機嫌のいい時と同じ顔をした彼は「リンゴみてえ」と笑ってから、今度は少し長く、キスをしてくれた。






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