きみにくびったけ




海外でも大人気のヒーロー映画が上映される、ということで、皆で映画館に来た。楽しみだね、なんて言い合いながら、それぞれ飲み物やポップコーンを選ぶ。

キャラメルもいいなあ。塩もいいなあ。何飲もっかなあ。コーラかなあ。ピーチソーダも捨てがたいなあ。

なんてメニューを眺めながら迷っていると、後頭部に衝撃。前のめった体は、咄嗟にカウンターへ手をついたことでなんとかぶつけずに済んだけれど、手のひらと唐突に動いた首が痛い。言わずもがな。いたいけな女子にこんなことをする奴は一人しかいない。


「かっちゃん痛い」
「知るか遅え」
「ちょっとくらい待ってよケチ」
「あ"?もっぺん言ってみろや燃やすぞ」
「ケチ!」
「っのやろ…ぶっ殺す…!」
「ちょ、爆豪落ち着けって!ここ映画館だぞ!」


目が吊り上がったかっちゃんを瞬時に止めに来るあたり、切島くんは偉いと思う。二の舞は踏むものか、と彼の背中へ隠れれば「お前ら相変わらずだなー」と苦笑された。

別に、好きでこうなわけじゃないんだよ。そう心の中で弁明しながら謝れば、笑顔一つであっさり許してくれる。
きっと、切島くんを好きになれていたら、もっと簡単で苦しくなかっただろうのに、私の心臓はかっちゃんにしか高鳴らないのだから世知辛い。本当に、何でこんな奴が好きなんだろうってつくづく思うけれど、好きなものは好きなんだから仕方ない。


私の溜息と、かっちゃんの舌打ち。
殆ど同時に響いたそれに、皆の笑い声が重なった。


結局キャラメル味のポップコーンとピーチソーダを買って、チケットを手にスクリーンのある館内へ入る。さすが大人気というだけあって、満員御礼って感じだ。

私の席は、皆で取った中の一番後ろの一番端っこ。のんびり出来る位置に微笑みながら腰を落ち着けて、トレーをセットする。
隣の席番を持っていたのは、確か耳郎ちゃんだ。今は前の方で梅雨ちゃんと話しているから、きっと上映ギリギリに来るんだろう。

人の声が溢れる中、ポップコーンを食べながら待っていると、お手洗いに行っていたらしいかっちゃんが階段を上がってくる。そうしてチケットを確認した彼は、切島くんからホットドックを受け取って、あろうことか、一直線にこちらへ向かってきた。


「足上げるか寄るかしろや」
「いやいやいや、かっちゃんの席ここじゃないじゃん」
「俺の勝手だろが。退け」
「もう…耳郎ちゃんはいいって?」
「聞いてねえ」


仕方なく席を立って通すと、隣へ座った彼はホットドックを食べながら足を組んだ。パンとウインナーとケチャップのいい匂いに鼻腔をくすぐられ、なんとはなしに小腹が空いていく。ポップコーンも確かに美味しいけれど、さすがに惣菜パンには適わない。

ちらりと隣を見れば、殆ど同じタイミンクでこちらを見た赤い瞳とかち合う。


「何見とんだ」
「…なんでもない」


一口ちょうだい、なんて言えなかった。
昔はジュースの回し飲みも普通だったけれど、今は少し恥ずかしい。

逸らした視線を誤魔化すように、ストローへ口をつける。ピーチのほのかな甘みとともに炭酸が喉を焼いたところで、照明が静かにおとされた。
いくつかのCMと注意事項の後、オープニングが始まる。ちょっとしたブラックジョークを挟みながら、上手に展開していく物語。いつの間にか映画の世界に惹き込まれて、ハラハラドキドキ躍っていた私の心は、けれど、私の肩で眠り出したかっちゃんに根こそぎ持っていかれてしまった。



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