宣言




今までずっと傍にいて、勝己が他人に興味を持つことは全くなくて、名前で呼ぶ女の子は私だけで。だからこそ何も気にしたことなんてなかったのに、彼がヒーロー科に入学してからというもの、心が落ち着かない。

私の好きな荒いその声で、他の女の子の名前なんて呼ばないでほしい。
別に、恋人なのだから何も心配することなんてなくて、ただ信じていれば良いだけなのに、抑えきれない感情が渦を巻いてふくれ上がっていく。

いつからその子を"丸顔"じゃなくて"麗日"って呼ぶようになったの。いつから出久くんと喧嘩するようになったの。いつから、少しだけ後ろを向くようになったの。

私の知らない勝己が増えていく度、置いてきぼりの心が軋む。
同じ雄英生なのに、ヒーロー科と経営科の壁は、随分と大きいらしい。


「勝己」


廊下から見えた広い背中を呼べば、少し固まってから振り向いた赤い瞳が、驚いたように見開かれた。そういえば、ヒーロー科の教室に来たのは初めてだなあと思案する。教室中の視線が突き刺さって、なんとも居心地が悪い。

自然と竦む肩を掴んだのは、もう覚えてしまった温もり。皆を隠したのか、皆から隠したのか。私を一歩後ろへ退かせ、隔てるように真正面へ立った勝己のおかげで、たくさんの視線は遮断された。


「何かあったんか」
「ううん。移動教室で近くまで来たから寄ってみた」
「そんだけか」
「うん」


こぼされた溜息は安堵だろうか。わからない。
何年も傍にいるのに、近頃の勝己はとても遠い存在のように感じる。会えて嬉しいはずなのに、目の奥が熱い。

そんな私の心情を察するように、伸ばされた指先が、乾いた目尻を拭っていく。「泣いてないよ」と笑ってみせれば「泣く寸前だろが」なんて鼻で笑われた。彼らしい笑い方が変わっていないことに少しだけ救われて、ほんの少しだけ、醜い感情が鎮まる。


「言えや。何かあんだろ」
「…何もないよ」
「痩せ我慢してんじゃねえ燃やすぞ」


掴むように私の頭へ乗せられた大きな手。
まるで脅すような言動だけれど、本当に燃やされたことは一度だってないのだから幸せだと思う。勝己にとって私は大切なんだって実感出来る瞬間、とでもいえばいいのか。本当にどうでもいい人は相手にしないし、出久くんみたいに良く思っていない人に対しては口だけじゃないと知っている。

それでも醜くて弱い部分は見せたくなくて、なかなか言えずにいると、彼の後ろから金髪頭が覗いた。上鳴くんだ。名前だけは体育祭で知ったその瞳にやどっているのは、好奇心。


「爆豪って女子の知り合い居たんだな」
「うるせえ出て来んな」
「はっ、まさか彼女!?」


上鳴くんの少々大きな声に、教室内がざわざわとどよめく。まさかこんなに注目を浴びるとは。私の心が切羽詰まっているとはいえ、軽率に会いに来てしまって、なんだか申し訳ない。

てっきり誤魔化すか否定すると思ったのに、これでもかというほど顔を顰めた勝己は舌打ちを一つこぼし、面倒くさそうに「ああ」と肯いた。そうして、呆気にとられている上鳴くんを教室に残し、扉を閉める。


「…言っちゃって良かったの?」
「あ?どうせ後でバレんだろ」


相変わらずの顰めっ面。嬉しい衝撃に、いろんなモヤモヤが吹っ飛んだようで、頭が真っ白になる。
私の知らない勝己がまた一つ増えて、違う意味で心が優しく軋んだ。



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