ストレス




音が溢れる世界で、私の鼓膜が真っ先に探す声があることに気づいたのは、どれくらい前だっただろうか。

どんな喧騒の中でも鮮明に聞こえるそれが紡ぐのはほとんど暴言だけれど、時折、とても穏やかに「なまえ」と私の名前を象る。その良く通る低音の心地良さに浸れるひと時が、どうしようもなく好きだった。


「勝己」
「あ?」
「呼んでみただけ」
「用もねえのに呼ぶんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」
「物騒だなあ」
「燃やされてえのかてめえ」


ガラの悪い口調とは裏腹にイライラしている様子はなく、七味だらけの赤いうどんを食べる姿に頬が緩む。

いつもそう。なんだかんだ言いながら、無視をせずに言葉を返してくれるものだから、会話の終わりは勝己の方。たったそれだけのことで私を幸せにしてしまえるのだから、狡いなあと思う。


「お水、いれてこようか?」
「ん」


空のコップを手に席を立って、二人分の水をいれに行く。ついでにお手拭きを持って戻れば、食べ終えたらしい勝己が大人しく待っていた。私が食べた分の食器と重ねているあたり、どうやら返却に行ってくれるつもりらしい。

再び緩んでいく頬を抑えられないまま席につくと「何にやけとんだ」なんて訝しげな視線が向けられた。


「勝己が優しいなあと思って」
「は?いつも優しいだろが」
「まあそうだけど、今日はあんまりイライラしてないじゃん」
「ストレスがねえからな」


私といることはストレスじゃないってことだろうか。思いも寄らなかった返事に胸の奥がくすぐったくなる。「嬉しい」と笑えば「そうかよ」と、小さく口角が上げられた。



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