やすらかな調




「……何の用だ」
「爆豪くんのギターが聴きたくて」


扉を開けた先にいたみょうじは、そう、眉を下げて笑った。文化祭である程度楽器が出来ることが露呈してからというもの、この図々しい女は、時折こうして俺の部屋へやって来る。

本当に生きてんのかってくれえ白い顔には、相変わらずくそほど似合わねえ隈が出来ていた。またしばらく寝れてねえのか。軽い不眠症かもしれないと、相澤先生が言っていたことを思い出す。みょうじ曰く、俺のギターを聴いた夜は眠りやすいらしい。
最初は弾き語りがいいと言われたが、誰がてめえの為に歌うかと断ってからは言わなくなった。バカな奴らとは違い、物分りはいい女だった。


「飯と風呂は終わらせたんか」
「ご飯はまだだから持ってきた」
「……ゼリーなんかで腹ふくれんのかよ」
「え、これでおにぎり一個分のエネルギーがとれるんだよ?」
「んなこた知っとるわ!ちゃんとした飯食えっつっとんだ貧弱」
「大丈夫だよ、生きてる生きてる」


へらりと笑ってみせる不健康そうな顔に、説得力なんざこれっぽっちもなかったが、取り敢えず中に入れてやる。次来た時には飯でも作ってやろうかと考え、なんで俺がこいつの為に動かなきゃなんねえんだと直ぐにかき消した。

スタンドに立て掛けているアコギを手に取って、音がずれてねえか確かめる。みょうじが持ってきたこれは、いつの間にか俺の部屋に置きっぱなしで、既に隅っこの一角を陣取っている。他人のもんが自分の部屋にある感覚は好きじゃねえが、なぜかこれだけは許容範囲内で、身のほどを弁えて床に座るみょうじにブランケットを貸してやることも、別に嫌じゃねえのが最近の謎だ。まあ、クソ髪になら貸してやらんこともねえかもしれねえ。デクは殺す。


「音合ってるね」


唐突な声に顔を上げると、ブランケットにくるまったまま顔と手だけを出して置きもんみてえになってやがるみょうじは、ゼリー飲料を飲んでいた。視線は俺の手元。


「私がいない時も弾いてくれてるの?」
「アホか。たまに音合わせてやってるだけだ」
「音叉で?」
「おう」
「凄いね。あれ難しくて出来ないの」
「ああ?チューニングに難しいもくそもねえわ」


左手で弦を押さえ、一本一本を指で弾いていく。何度も弾かされているおかげで、あまりやらねえアルペジオにも慣れ、みょうじが好きそうな曲調も大体分かってきた。最近じゃ弾きだす前に悩むこともなく、俺の選曲に口を出されることもねえ。

目を閉じたみょうじの首が、ことりと傾く。寝てんのか聴いてんのか分かんねえ態勢だといつも思うが、一応起きているらしい。ゼリーを食ってる口が、時折小さく動いていた。


□ □ □ □



何曲か適当に繋げて弾いてやったところで「爆豪くん」と呼ばれる。それが、もういいよ、の合図。指を止めてスタンドにギターを戻せば、ゆっくり立ち上がったみょうじがブランケットを畳んだ。


「ありがとう。良く寝れそう」
「…そうかよ」


んな疲れた顔で笑われたって、やっぱり説得力なんざ微塵もねえ。

自分の眉間に皺が寄ったのが分かって、何を思ったか勝手に開いた口を突いて出た「明日も来いや」に、自分で驚く。当然みょうじの目も丸くなって、けど、次の瞬間には心底嬉しそうに笑いやがったもんだから、弁明は呑み込んだ。



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