放課後騎士




帰り支度を終えた放課後。皆が連れ立って帰り出した中、はあ、と洩れたのは溜息。


「んだ辛気くせえ。スポンジ頭のくせに何考えとんだ」
「うるさいなあ。かっちゃんみたいにスッカラカンの頭じゃないから色々あるんですー」
「誰がスッカラカンだてめえぶっ殺すぞ!」


もう、条件反射のようなものだと思う。
売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだ。昔から、口の悪いかっちゃんに突っかかられると、つい言い返してしまう。

本当はもっとヤオモモちゃんみたいに女の子らしくなりたいし、お茶子ちゃんみたいに明るくなりたいし、梅雨ちゃんみたいに素直になりたい。そうしたら、ちょっとは溜息の原因であるこの甘酸っぱい気持ちも、かっちゃんに伝えられたかもしれない。なんて。はあ。


「帰らないの?」
「るせえ帰るわ!」


ボンッ、と聞き慣れた音。
私の目の前で個性を披露した彼の瞳は、いつも通り吊り上がっている。そのくせ、私が席を立つまでは帰らずに待っているのだからよく分からない。中学の頃からずっとこうだ。なんだかんだ言いながら毎日家まで送ってくれて、今は寮まで一緒に帰ってくれている。

そういえば、きっかけは何だったか。


「はよしろや」
「…かっちゃんが勝手に待ってるんでしょ」
「誰がてめえなんざ待つかよ」
「じゃあ一人で帰れば?」


いつものように言い返してしまえば、珍しく押し黙ったかっちゃんの眉間に、シワが刻まれた。そんなに睨まなくたっていいじゃん、と心の中でついた悪態は、ちゃんと嚥下した。

傍にいられるのも、一緒に帰れるのも、もちろん嬉しい。ただ、やっぱり全然素直になれない自分が、その都度嫌いになっていくことが辛い。
かっちゃんだって、本当は面倒くさいと思っているかもしれないし、それならいっそ近過ぎない距離でいた方が互いの為だと、少し前から思っていた。


カバンを持って、席を立つ。

少しキツい言い方だっただろうか。
ふつふつと湧き上がる罪悪感を押し留めて彼を見上げると、大きな舌打ちが寄越された。
そうして左手を乱暴に掴まれたかと思うと、強い力で引っ張られる。よろけた私を無視して廊下を突き進む広い背中。

なんとか小走りでついていきながらも、戸惑いが膨らむ頭は置いてきぼりだ。それでも、掴まれている手から広がる熱はしっかりと認識出来て、心臓がうるさい。


「っ、か、かっちゃん?」
「うっせえだぁってろ。てめえに振り回されんのもイライラすんだよクソが」
「振り回すって、私そんなことしてないし」
「あ"?」


急に立ち止まったかっちゃんにぶつかる。
打った鼻が痛い。心臓も痛いし、上から突き刺さるような視線も痛い。

顔を上げられないままでいると、降ってきた言葉に、記憶の底を掘り起こされる。


「変な野郎につけられてビビってたんはどこのどいつだ」


中学の頃、まだ一人で下校していた時。
知らない男に話しかけられてから、毎日視線を感じるようになっていたことがあった。もう正確な日にちは覚えていないけれど、振り向いた先にその男がいて、怖くなった私は近くにあるかっちゃんの家へ駆け込んだのだ。

思い出した。かっちゃんが家まで送ってくれるようになったのは、その日からだ。その日からずっと、守ってくれている。


「まさかてめえ…忘れとんのか」
「や、えっと…今思い出しマシタ」
「忘れてんじゃねえか!ったく、しっかり覚えとけやクソなまえ」
「う、うるさいな…」


何も言い返せなくて、苦し紛れにこぼれたのは憎まれ口。我ながら可愛くないと思うけれど、顔に集まる熱がどうにも逃がせなくて、それどころじゃない。

俯いたまま固まっていると、聞こえたのは溜息。ぐしゃぐしゃと雑な手つきで髪を撫でられ「さっさと帰んぞ」と手を引かれる。
私の歩幅に合わせてくれているのか、さっきよりも緩やかな速度だった。






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