熱に飽和
真っ黒なベッドの上で、ぴくりと震える瞼。どうやら額に貼った冷えピタが冷たかったらしい。幸い起きる様子はなく、布団を掛け直してから立ち上がる。
暫く眠っているだろうから、先にシャワーを浴びて、お粥を持ってこよう。
そう、部屋を後にした。
違和感は小さなものだった。
朝からなんとなく目が合わない。いつも、一日の内に何回かは傍へ寄ってくるのにそれもなく、おかしいと確信したのは昼休み。一人でどこかへ行こうとする彼を呼び止めた時、掴んだ手が異常に熱かったのだ。
早く言ってくれれば酷くなることもなかっただろうのに、爆豪くんは人を頼らなさすぎる上に無茶をする。放っときゃ治る、なんて、そんなわけがない。
そもそも、三十八度以上の熱が出ているのにどうして帰らないのか。私が気付いたから良かったものの、いつもと変わりなく演習を受けていれば、もっと悪化していたに違いない。頭は良いくせにバカなのか。元気になったらたっぷり叱りたい。
ドライヤーもそこそこに髪をまとめ、キッチンからお粥を炊いた小さな鍋と食器を取って戻る。起こさないよう、そうっと扉を開けて、電気はつけないまま。
ベッド脇へお盆を置くと、てっきり寝ていると思った彼の、掠れた低音が私を呼んだ。
「起きてたの」
「ん」
声を出すのも億劫なほど喉が痛いのか、それとも熱でふわふわしているのか。唸り声とも返事ともとれる微妙な反応をした爆豪くんに溜息が出る。
触れた首筋はまだ熱をもっていて、冷えピタをかえてあげれば小さく震えたのが分かった。
「お粥作ったんだけど食べれそ?」
「……微妙」
「じゃあまだ寝てて。ここ置いとく」
鍋を爪で叩いて示す。
爆豪くんは小さく頷いた後「みょうじは……?」と呟くように言った。いつもの高慢な様子からは想像も出来ない声色。弱々しいわけではない。ただ、どことなく縋っているように聞こえるのは、私だからか。
彼が求めている答えはなんだろう。
灯りのない室内でも、はっきりと見えるほどの距離へ顔を寄せれば、覇気のない瞳が視界の真ん中に映る。眉を寄せることもなく、視線を逸らそうともせず。ただ私をぼーっと見つめるそれに当初の怒りは引っ込んで、こぼれ出たのは溜息だった。
「今日はここにいるよ」
安心して、とこめかみを撫でる。心地よさそうに細まった赤い瞳は、やがて瞼に覆われた。
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