カンパネルラは名を知らない




「飯行こうぜ」と声を掛けてきた切島に、軽く返事をする。後ろの席にいるなまえは、十分ほど前から眠ったまま。
仕方なくちっせえ頭を撫でてやれば、もぞりと身じろいだ後、緩慢な動作で顔を上げた。


「……なに」
「飯。てめえも行くんか」
「んん……行く」
「起きろ。置いてくぞ」
「ん………」


呟くようにこぼされた、声にもなっていない音は眠気を孕んでいて、相変わらず覚醒までのロード時間が長い。俯いたまま静止したその頭をもう一度雑に撫で回せば「……ぐしゃぐしゃにしないで」と覇気のない抗議があがった。さっさと起きろや寝坊助。

仕方なく腕を掴んで引っ張ってやると、よろよろ立ち上がったなまえは、目を擦りながら凭れてくる。中身入ってんのかってくらい薄い体は風船みてえに軽いが、全体重を預けられると歩きづらくて仕方がねえ。


「…勝己、おんぶ」
「あ"?自分で歩けやぶっ殺すぞ」
「ん"ん"、じゃあ切島くん…」
「おい待て。誰でもいいんかクソが」


俺から離れ、ふらふらと切島の元へ寄っていこうとするその襟首に指を引っ掛ける。つんのめった反動で後ろへ倒れた体を受け止めてやれば、真っ青な瞳が不満そうにこちらを見上げた。まだ瞼は開ききっていないが、そこそこ覚醒してきたらしい。起きたら起きたで、達者な口が良く回るようになってクソめんどくせえな、と眉間に皺が寄る。


「嫌なんでしょ?おんぶ」
「うっせえ歩け」
「勝己の背中で寝たい」
「寝る気満々じゃねえか起きとけやクソカス。さっさと飯行くぞ」
「はぁーい」


くあ、と欠伸をこぼしたなまえと、何だかんだ待っていた切島を連れて教室を出る。「寝不足か?」「うーん。ちょっとね」なんて二人の会話を聞き流しながらカツ丼を選び、七味をトレーに乗せた。


「勝己が寝かせてくれなくてさー」
「えっ」
「おいその言い方やめろ」


油断も隙もあったもんじゃねえ。さらっと誤解を生むような発言をしたなまえを睨めば、悪戯に歯を覗かせて笑う。
そもそも一緒に寝てねえだろ。誰だ人の部屋に居座って夜中までゲームしとんのは。俺のが寝不足だわ死ね。


「にしても、爆豪とみょうじってほんと仲良いよな」
「は?てめえの頭どうなっとんだ」
「やー勝己私のこと大好きだからさー」
「寝惚けたこと言ってんじゃねえ燃やすぞ」


飯くれえ黙って食えねえのかモブ共が。

七味をぶっかけて空っぽな胃の中へおさめていく。俺と違って甘ったるい食いもんが好きななまえは、ミニサイズの親子丼を食いながらいちごオレを飲んでいた。


俺達の関係が気になるのか、いつから一緒なんだと話を蒸し返した切島を無視していれば、見かねたなまえがあることないこと適当に話し出す。家が近所で小学校から何かと縁のあるこの女は、昔から口が上手い。おまけに人懐っこくて危なっかしいもんだから、結局いつも俺が面倒を見てやっていた。思い出せば溜息しか出ねえ。

いい加減うざってえ筈なのに、なぜか切島と笑い合っている姿を見ると、腹ん中がむしゃくしゃすんのも気に食わねえ。


自然と顰めっ面になっていたのか、こちらを向いたなまえに頬をつつかれる。「顔怖いよかっちゃん」と煽られ、思わず右手が音を立てた。



back