一抹の期待




あちこちを飛び回るプロヒーローである両親は、一所に留まることをしない。引っ越しの話が出だした頃、丁度全寮制になったのは運が良かった。

引っ越すかもしれないことについて何も言わなかった爆豪からこぼされた、小さな吐息。たった一言「そうか」と紡いだ声は、安堵を含んでいたような気がする。


言葉はなくても、それなりに想ってくれているのか。
皆に対してと、私に対しての態度が違うことに気付いたのは、つい三日ほど前。耳郎ちゃんに付き合っているのかと聞かれた時から、なんとなく意識し始めた。


「これからもクラスメートだね」
「落ち着けて良かったじゃねえか」
「うん、良かった」


ベッドにごろりと寝転がる広い背中。
爆豪の手には、私が貸した携帯ゲーム機。もし引っ越すことになるならそのまま預けておこうと思っていたそれは、もう終盤まで進められている。きっと返す気でいてくれたのだろう。

見えない優しさを捉えることが、最近上手くなってきた。緑谷くんが言っていた「みょうじさんなら何でも大丈夫だと思うよ」の意味はまだ分からないし、ちょっと機嫌を損ねたらすぐに燃やされそうだけど、嫌われてはいないと確信している。じゃあ好かれているのかと言われれば微妙なところだが、そうだったら良いなと思う。そうであって欲しいとも思う。


「こないだ耳郎ちゃんに、爆豪と付き合ってんのって聞かれた」
「あ"?」


ゲームに向いていた顔がこちらを向く。相変わらず人相が悪い。
眉間に寄っているシワをつつくと、雑に手を掴むことで阻止された。彼の体温に触れるのは、そう珍しいことでもない。節をなぞれば、小さく震える指先。綺麗に切りそろえられた爪が動いて、目前まで迫ってきたかと思えば、そのまま額を弾かれた。


「痛い…」
「うるせえ。で?何つったんだてめえは」
「付き合ってないって言ったよ…。ねえ、私のおでこ凹んでない?いけてる?」
「こんぐれえで凹むかクソが」
「痛……ったい……」


さっきよりも強く弾かれ、じんじんと痛む額を押さえると、爆豪は悪人面で笑った。

付き合っていないと答えたことが気に食わなかったのか、それとも話題を変えたことが嫌だったのか。どちらにしても、やっぱり嫌われてはいないことがうかがい知れて、ひどく安心した。




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