やさしさに溺れる




焦凍くんは、雄英高校に入って、どこかスッキリしたような、優しい目をするようになった。あんなに躊躇っていたお母さんのお見舞いにも、今では毎週行っているようで。この間なんて、嬉しいことに私を恋人だと紹介してくれた。

時折感じることがあった冷たさは、もうどこにも見受けられない。纏う雰囲気は随分と穏やかになった。それは、焦凍くんの中で燻っていたわだかまりが、徐々にほぐれてきているということ。


とても喜ばしく思う。

その反面、彼に変化を与えられた誰かが私ではないことに、歯がゆさと情けなさが浮かぶ。


小学生の頃から、ずっと傍にいた。

焦凍くんの個性を初めて見た時、とても綺麗で鮮烈で、その輝きが忘れられなくて。ずっとついて回っていたら、いつの間にか惹かれていて、焦凍くんも私を好きになってくれていた。

特別凄い個性も、モデルさんのような顔もスタイルも持ち合わせていない私にとって、本当に奇跡としか言いようがないと思う。神様って本当にいるのかもしれない。だから、私に出来ることは何でもしたくて傍で見ていた。
焦凍くんの心の奥底にお父さんの存在がいたことも知っていたし、だからこそ炎を使わないのだろうことにも気付いていた。でも、どうすればいいのか、分からなかった。何年も傍にいたのに、何も出来なかった。


彼の前では、せめて笑顔でいようと決めていたのに、胸の痛みは大きくなるばかり。

不意にこちらを向いた綺麗なオッドアイが驚いたように丸められ「どうした?腹でも痛えのか?」と優しくかけられた声に、首を振る。


「大丈夫。ごめんね、焦凍くん」


何も出来なくてごめん。
私が悪いのに、素直に喜べなくてごめん。
隠し通せずに、余計な心配をかけてごめん。

焦凍くんにそんな顔をさせたいわけじゃないのに、本当、どこまでも無力で下手な自分が嫌になる。

笑え。表情筋に何度そう言い聞かせても、焦凍くんの眼差しはどんどん真剣になっていくのだから、きっと今の私はひどい顔をしているのだろう。


伸ばされた手が、まるで泣いていないか確認するように目尻を撫でてから頬を包む。真正面から顔を覗き込まれ、逃げ道は塞がれてしまった。


「どうしたんだなまえ」
「大丈夫。何もないよ」
「言ってくれ」
「本当に大丈夫だから、」
「なまえ」


強く名前を呼ばれ、思わず口を噤む。
誤魔化すことさえ許してくれないらしい焦凍くんは、困ったように眉を下げて、優しいキスをしてくれた。

たったそれだけなのに、自己嫌悪で埋め尽くされていた思考が、少しずつ冷静さを取り戻していく。まるで魔法みたいだと、こぼれたのは吐息。


「本当は、言われなくても気付いてやれるのがいいんだろうけど…悪ぃ」


感情的になっていた胸の内が落ち着いて、焦凍くんの言葉がじわりと広がる。幾分かクリアになった頭でようやく捉えたオッドアイは、めずらしく不安気に揺れていた。


「その…別れたいとかじゃ、ねえよな…?」


そんな思いまでさせてしまっていたなんて、本当にどうしようもないなあ。

「違うよ」と否定して、今度は私からキスをする。焦凍くんがしてくれたように、そっと優しく、触れるだけ。たくさんの好きとごめんなさいを込めて、ほんの少しの恥ずかしさは隠した。


「ずっと好き」
「…なら良かった」


安堵したように息を吐いた焦凍くんへ身を寄せる。首元に顔を埋めながら、またざわつき始めた自己嫌悪を宥めた。
何も言わず、緩やかに背中を撫でてくれる手は、相変わらず温かくて優しい。焦凍くんは優しさで出来ているんだなあと実感する。

今言っておかなければ、きっとまた、不安にさせてしまう。そう分かってはいるのに、上手くまとめられない。
出来るだけ短く、全部話すまでいかなくても、焦凍くんが分かりやすく納得出来るような言葉を探す。焦りはなかった。いつだって私を落ち着かせる体温が触れているのだから、取り乱すこともない。それでもやっぱり、何も言い出せなくて。

そんな私に「俺もずっと好きだ」と、思い出したように言ってくれた焦凍くんに、ただただ縋った。





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