甘やかなシトラス




消太さん、と呼ばれて振り向くと、扉から控えめに顔を覗かせているアイスブルーの瞳とかち合う。学校では一生徒であり、プライベートでは、何がどうなったか恋人であるなまえだった。
学校で名前を呼ぶなと叱りかけて、しかし、様子がおかしいことに気付く。いつもは陶器のように真っ白な顔がほんのり赤いような気がする。「おいで」と呼べば素直に寄ってくる足取りも、どこか覚束無いように見える。

額に触れると、いつもはひんやりしている肌が、幾分か熱を持っていた。
究極に分かりにくい体調不良だな、と息を吐く。


「病院行くか?」
「……」
「授業は休め。早退届書いててやるから」
「……」
「……今日はワガママだな」


ふるふると首を横に振り続けるなまえは、どうやら帰りたくないらしい。
普段は聞き分けのいい生徒なので、放課後に出掛ける約束でもあるのだろう。午後は人気のないヒーロー情報学だ。演習ならまだしも、机に齧り付くだけの授業に出たいという訳ではないだろう。


「取り敢えず保健室に行け。熱、あるんだろ」
「……」


ふるふる。また首が横に振られる。
うーん。どうしたもんか。

ここにいても別に困りはしないが、冷えピタでも貼って寝ていた方がずっといいに決まっている。それが分からないほど子供でもないだろうのに、一体何を考えているのか。


こて、と凭れてきた小さな頭は少し熱く、扉の向こうに人の気配がないことを確認してから、華奢な肩に腕を回す。そのままやんわり頭を撫でてやれば「…相澤せんせ」と、か細い声が鼓膜を揺らした。


「何だ」
「今日、早く帰れるって」
「ああ。言ったな」
「早退したら、会えないから…」
「お前、俺のこと何だと思ってんだ。早退しようがしよまいが、こんな状態の生徒を連れ回せるわけないだろ」
「…うん」


気落ちしたような、沈んだ声。一気にしおらしくなったなまえを見下ろすと、握られた拳の上に水滴がついていた。ぽた、ぽた、とゆっくり落ちるそれに、一瞬思考が止まる。


「…泣くな」
「ごめ、なさ…」


雄英は、そんなに暇な所ではない。大体残業で、ましてや生徒と教師の壁は大きく、普通の恋人同士のような時間を取ってやることは難しい。歳の差があればある程、考え方の違いも生まれる。
それを理解した上で俺を選んだのだから、普通なら叱るところだが、めずらしく弱っているなまえを突き放すことは出来なかった。

俺との時間を自分の体調不良で棒に振りたくないと泣く姿は、いっそいじらしくさえ感じる。誰かさんが聞いたら、俺らしくないと大笑いしそうな感情に、俺自身もついていけないことが、最近増えた。


頬を伝っている涙を拭う。何も、作れる時間を作ってやらないと言っているわけではない。


「仕事が終わったら様子見に行くから、ゆっくりしてなさい」


これからいろんなものを背負っていくのだろう華奢な背を引き寄せる。こくりと頷いたなまえは、先程よりかは気を持ち直した声色で「そういうとこ、好きです」と言った。



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