あたたかい場所




夕方から降り出した雨が、窓を叩く。
いつの間にか外は嵐になっているようで、静かな室内ではビュービューと吹き荒れる風の音が、嫌でも耳に入ってくる。カンッカンッと遠くで何かが転がっているような音や、建物が揺れる際に生じる僅かな振動に、先程から冷や汗が止まらない。

予習でもして気を紛らわせようと机に向かってはみたものの、ペンを握る手が小刻みに震えて、ろくに字が書けなかった。仕方なく早々に諦めて布団にくるまったが、当然聞こえてくる音が全て遮断されることはない。

時間が経つにつれ酷くなっている外の様子に、最早半泣き状態になった頃、無意識に握り締めていた携帯が光った。


『起きてんなら下来い』


名前を見なくても分かる。
絵文字も何もない簡素なLINEは、幼馴染であり、恋人でもある爆豪勝己からだ。下に、というのは共有スペースのことだろう。しかし、いくら幼馴染とはいえ、今は恋人でもある。寝る間際の格好にくわえて素っぴんで会うのは、と思うものの、背に腹はかえられない。

ゴオオォ、と鳴り響いた風の音に身を震わせたなまえは、一目散に部屋を飛び出して、階段を駆け下りた。

既に消灯している暗い廊下をビクビクしながら足早に進み、共有スペースの扉を開ける。途端に網膜を刺激する明るさの中に爆豪を見つけたなまえは「ひでぇ顔だな」と、失礼なことを言いながら歩み寄ってくるその胸に、思いっきり抱きついた。それはもうタックルのような勢いだったが、女子の平均よりも小さく華奢ななまえの低体重で動じる爆豪ではない。

しっかりと受け止めた爆豪は溜息を一つこぼし、普段の粗暴な態度からは想像もつかないほど優しく、その震える背中をぽんぽんと叩いた。


「たく、ヒーロー志望がそんなんでどうすんだよ」
「っ、かつき、」
「泣くなうぜえ」
「泣いてない…!」
「あ?こっち向いてみろや」


おらおらと雑に頭を撫でくり回す爆豪に、なまえは仕方なく顔を上げる。けれど、お風呂あがりのいい香りを漂わせながら、潤んだ瞳を向けられた爆豪は、予想外の破壊力に、ぴしりと固まった。いくら爆豪と言えど、まだ高校生。好きな女からの上目遣いには、グッとくるものがある。


「……やっぱ埋まってろ」
「埋まっ…!?」


わけが分からないまま後頭部を引き寄せられたなまえは、もう一度ぽふりと爆豪の胸に埋まるほかなかった。少し俯くことで息苦しさを回避すれば、途端に触れている部分から、じわりと広がる温もり。今の今まで冷えていた体が、ゆっくりとあたためられていく感覚に比例して、なまえの心も、ゆっくりと落ち着いていった。


爆豪は、なまえが雷や豪雨が苦手なことを良く知っていた。なまえの両親はプロヒーローで、幼い頃から家を空けることが多く、誰もいない部屋の隅っこで震えている姿を、こうして幾度となく宥めてきたのだ。
それは、なまえも良く分かっていた。懐かしい。あの頃よりも一段と逞しくなった胸に、もう一度縋る。まるで応えるように抱き締めてくれる彼は、昔からなまえのヒーローだった。


漸く恐怖心が引っ込み、外の暴風音より爆豪の少し早い鼓動の音が気になりだした頃「ちょっとお二人さん。いつまでそこでイチャついてるつもりですかー?」と上鳴が茶化した。
ハッと顔を上げて爆豪の背後を覗けば、あろうことか生徒のほぼ全員が集合していて、恥ずかしさが勢いよくリミッターを振り切る。


「ちょっ、かかか勝己!?」
「あ?」
「なんで言ってくんなかったの!皆いるじゃん…!!」
「知るか。てめえが周り見ねえで抱きついてきたんだろーが」
「そっ、そうだけど…!!」


羞恥で真っ赤に茹で上がった顔が熱い。
皆から隠れるように、小さな身体を更に縮こめて爆豪の胸に埋まれば、くしゃくしゃと頭を撫でられて鎮火する。


「おら、ホットミルクいれてやっから座れや」
「やだ……」
「ガキか」


頭上で聞こえた溜息に肩を竦める。
普段はそれなりにしっかりしているなまえだが、爆豪がいると、つい甘えがちになってしまう。そんな様子を知らない皆は目を白黒させて、それから笑った。



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