やわらかい心の壁




考える。光を遮るブレザーの中、起きたばかりの頭を動かす。そよ風のように優しく、けれどひどく寂しそうな彼女の声を元気付けてあげられるような何かを探す。

起き上がって抱き締めようか。面と向かって幸せだと伝えてみたらいいか。いくつか浮かぶあれこれに眉を寄せる。どれをとったところで、彼女の本心は笑顔の裏側へ隠されてしまうように思えた。

きっと笑うだけだ。笑って誤魔化すだけ。"俺のために何かしたい"とか"幸せだと思って欲しい"とか、俺が寝ている間にこぼしていたような類の不安は、きっと言わない。じゃあどうすればいい。それらを取り除くには、どうすれば――。


「………」


狸寝入りをしながら考える。
目を閉じて、ゆっくり息を吐く。


人一倍優しいなまえのこと。与えられるばかりで何も返せていないと思い込んでいるだけでなく、良心が落ち着かないのだろう。

俺は別に無理をしているわけではない。与えるのはそうしたいからであって、求めないのは何をしてもらわなくても満たされているからだ。臆病になっているわけでも、遠慮しているわけでもない。なまえにして欲しいことなんて、本当に一つもない。それでも敢えて絞り出すなら、傍にいて欲しい。すぐ隣で笑っていて欲しい。あと、たまには好きだって言って欲しい。それくらい。ただ自分が、自分だけがなまえにとっての特別であるなら、それで良かった。かといってありのままを口にしていいものか。難しく考えてしまわないか。

あまり多くの言葉は知らなかった。上手く伝えられる自信もない。それならいっそ、さっき断ってしまった贅沢な申し出を受け入れた方が、手っ取り早いのかもしれない。


もそり。被っていたブレザーをずらし、顔を出す。驚いたのか小さく跳ねたなまえは目を丸め「ごめん。起こしちゃった?」と眉を下げた。首を横に振って否定する。


「なんか寝にくくて。大丈夫って言ったけど、やっぱり膝、借りてもいい?」


あたかも今、寝心地が悪くて目が覚めました風を装う。長い睫毛がぱちぱち瞬く。半開きの唇が閉じて、みるみるうちに緩んでいく桜色の頬。心底嬉しそうな様子に胸を撫で下ろす。


「どうぞどうぞ」
「有難う。重かったら言って」
「大丈夫だよ。予鈴前くらいに起こすね」
「ん」


スカート越し。頬に触れる温度と柔らかさ。胸をまさぐる気恥ずかしさは、被り直したブレザーの暗闇へ溶かした。


title ユリ柩




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