サンタマリアの憂鬱




デクと殴り合った翌日。
謹慎をくらって寮に残る擦り傷だらけの俺を見たなまえは、泣きもしなけりゃ笑いもしなかった。何も言わねえガラス玉のように透き通った双眼はいやに静かで、なんとなく感じた居心地の悪さをよく覚えている。さっさとゴミ捨てに向かおうとした俺の背中にくっついて、遅刻ギリギリの時間まで人目も憚らずそのままだったことも、それをクソ髪とアホ面がからかいやがったことも、まるで昨日のことみてえに鮮明だ。

あれから三日。
視界の端でちょろちょろしていた目障りなクソデクの謹慎が終わり、だだっ広い空間には俺一人。のはずが、部屋着姿のなまえがソファーに座っている。

俺に付き添ってふらふらすることはあっても、根は真面目ななまえのことだ。声を掛けても何も言わねえし、具合でも悪ぃんだろうと放っているが、自分の部屋に帰らねえあたり、そうでもないらしい。もうそろそろ昼になるっつーのに、朝からずっとそこにいる。


「サボりかコラ」


一通りの掃除を終え、なまえの頭を小突く。かくん、と揺れたちっせえそれは、たった一言「…傍にいたかったの」と呟くように言った。


「んだよ。寂しかったんか」
「…うん」
「そんならそうと早よ言えや。何も言わねえ、喋りかけても反応しねえじゃ、」
「っ、だって、違反するくらい緑谷くんと喧嘩したってことは、そこまで何か溜め込んでたってことでしょ?それなのに、私には何も言ってくれなかったし、私って頼りないかなとか、勝己にとってそんなに重要じゃない存在なのかなとか、そんな事ばっかりぐるぐるして、口開いたら泣きそうだったんだもん…」


俺の言葉を珍しく遮って、ノンストップで尻すぼみに喋ったなまえは、三角に折った膝を抱えて縮こまる。
やけにくっついてきやがった意味不明な行動の理由はこれかと納得した反面、言わねえと俺も対処出来ねえだろうがとイライラする。てめえ一人だけがぐるぐるしてると思ってんじゃねえよクソなまえ。


「別にてめえに言うほどの事でもねえし、どーでもいい女背中にはりつけとくほどお人好しでもねえわ。自覚しろやアホが」


驚いたように俺を見た丸い瞳に、舌打ちを一つ。
仕方ねえからなんか飲むかと聞けば、コーヒーが良いと言うのでいれてやる。
砂糖は二本でミルクは無し。とっくに覚えたそれを一口飲んだなまえは、隣に俺が座った途端、ようやくいつもみてえに笑った。






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