赤に燻される




土埃と、炎と、焦げ臭さと、甘い匂い。
あたりに広がる硝煙を裂いて、瞬時に距離を詰めてくる鮮烈な赤色に、ほんの一瞬、見惚れてしまった。


「俺相手に随分余裕だなあ?」
「……まいりました」


私の首を掴んでいるその腕を軽く叩くと、案外すぐに解放された。

おおかた、勝てて機嫌がいいのだろう。
個性の使用許可が認められている間くらいしか戦えない上に、いくら個性に恵まれていてセンスがあるといえど、プロヒーローの経験値には、まだ遠く及ばない。訓練という名目で、よく喧嘩を売ってくる彼が勝つ回数はゼロに等しかった。


足を上げ、振り下ろした反動で体を起こす。たかが高校一年生に負けてしまった不甲斐なさは、溜息に乗せて逃がした。

脳裏にちらつくのは、綺麗な闘志が灯った赤色。あちこちに付着している汚れをはたいて落としている間も、突き刺さる視線は微動だにしない。


まったく、いつもいつも嫌になる。
綺麗で真っ直ぐで、ヒーローは正義であると信じて疑わないその眩しさが、とっくに冷たくなったはずの胸を焦がすのだ。
これだから臨時教諭なんてやりたくなかった。そう憤慨したところで、校長先生直々の話を断れるわけもなく、結局は許容するほか手立てはない。


「隙をつくのが上手になったね」


顔を上げて声を掛ければ、赤い瞳が嬉しそうに細められた。緩く上がった口端。得意気とは、まさにこんな感じの表情だろう。
もっと少年らしくガッツポーズでもしてくれれば可愛いものを、彼はいつも、悪役みたいに笑みを象る。


「あんなでけえの見逃すわけねえだろ」
「そんなに大きくなかったよ」
「あ"?ちょこまか動き回るてめえにしちゃでけえわ」
「軽やかと言ってほしいかな」
「うるっせえ!どっちも一緒だろうが!」


途端につりあがった目に威嚇されたので、両手を軽く上げて降参しておく。あれだけ動いてまだ元気が有り余っているのは、これからに置いても良いことだ。


「まあ、成長してると思うよ。おめでとう」


手足に装着していた重りを定位置に戻し、パキパキと体を伸ばす。小さな舌打ちをした爆豪くんは、それでも、私に習ってストレッチをし始めるのだから微笑ましい。

興奮状態にある内は、怪我の程度なんて全然分からない。だから、こうしてクールダウンをすることで、自分の体のどの部位がどう正常ではないのかを把握する。
あくまで私のやり方だけれど、教えたことはちゃんと頭に入っているらしい。


「明日は演習あるんだっけ?」
「ああ」
「じゃあ、次はまた明後日にしよっか」
「んな遅くなんねえよ」
「毎日こつこつが良いんだよ」


顰めっ面ではあるものの、大人しく頷いた爆豪くんを連れて屋外へ出た。
彼はこのまま帰寮。私は職員室へ寄らなければいけないので「またね」と手を振る。最初の内は、まるで当然のごとく無視をしてスタスタ歩いていっていたのに、最近は軽く手をあげてくれるようになった。

彼に変化をもたらしているものが自分であるということに、少なからず嬉しさを覚えながら、まだ明るい職員室を目指す。

今日の居残りは相澤先輩だろうか。もしそうなら、あの赤い瞳に呑まれてしまった反省会に付き合ってもらおうかな。



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