どろどろ、ふわり




いつの間にか眠ってしまったらしい。風の音に混じって聞こえるのは、微かな寝息。あまり寝心地がいいとはいえないだろうのに、俺の膝枕で大丈夫なのか。

寝顔を隠すみょうじの髪に、そっと指を通す。柔らかくなめらかで、さらさらと流れていくそれは、とても触り心地がいい。
近頃眠れていないのだというみょうじは、俺が傍にいると、落ち着いて眠れるようだった。

嬉しいような、心配なような。なんとも言えない気持ちがむず痒い。
とてもあたたかいのに不安でたまらないこの感覚は、それだけ大事な人になっているということだろうか。日に日にふくらんでいく彼女の存在に、最近は戸惑いの方が大きい。
地味な個性だと、どうも自信が持てなかった俺に『強いよ、私の自慢だもの』と、微笑みながら手を握ってくれたあの時から、なんとなく心がざわつく。


この穏やかな寝顔を、ずっと守っていきたい。ずっと傍で、俺だけが。

そんな大それた欲が浮かぶ度に、慌てて掻き消している。真っ直ぐできらきらと光るみょうじには、こんなどろどろした俺を知られたくなかった。


「…きりしまくん」


舌っ足らずな呼び声にハッとして「どうした?」と慌てて手を引っこめる。起こしてしまっただろうか。緩やかに目元を擦る細い指先は、ふわふわと宙を漂ってから俺の頬へ着地した。

みょうじ特有のひんやりとした体温とは裏腹に、俺の顔には熱が集まる。眠そうな瞳に、じぃっと見つめられて、泳ぎそうな視線をなんとか抑えた。


「ごめんな、起こしちまって」
「…ううん、きりしまくん、いるかなって」
「おお、ちゃんとここに居るぞー」
「うん、いた」


普段はしっかりしているのに、きっと寝惚けているのだろう。ふわふわとした受け答えに胸が鳴った。

すっかり安心したらしい彼女の瞼が、ガラス玉のように綺麗な双眼を覆っていく。力の抜けた手を咄嗟に握ると、その口元が緩やかに微笑んだ。


内側から溢れんばかりに湧き上がるこれは、愛しさなんだろうか。俺の心ごと、全部かっ攫っていくような熱量を必死に押し留める。そうして、我慢は出来ても、今までみたいにかき消すなんて、到底出来そうにないことを知った。



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