その痛みだけはとっておいて




傷だらけの皮膚に触れるのは、これで何度目だろうか。せっかく綺麗な手をしているのに、勿体ないと思ってしまう。

あまり無理をしないように。
自分の体は大事にするように。

そんなセリフは聞き飽きたと言わんばかりに、今日の爆豪くんは、目を合わせようとしない。


「動かしてみて」


私の声には返事をしないまま、手を握ったり開いたり、痛みや違和感がないことを確かめていく。肘を曲げる動作から、無茶をした場合、腕全体に響くのであろうことが窺える。
リカバリーガールが不在な時に限ってやってくる彼は、ここ最近、怪我が多い。


記録表にペンを走らせる。
もう随分と書き慣れた画数の多い名前。

痛いほど突き刺さる視線に顔を上げれば、珍しくこちらを見つめる鮮やかな赤色が、窓越しに映る夕焼けと重なった。


「なに?」
「………」


訊ねてみても、やっぱり返事はない。
降り注ぐ沈黙の中、細められた瞳が静かに伏せられる。

もしかして、まだ痛みがあるのか。そんな一抹の不安が少しずつ胸の内を覆っていくものだから、離した手をもう一度とって、指先を這わせる。ようやく口を開いた爆豪くんは、たった一言「くすぐってぇ」と肩を竦めた。

ぴくり。

小さく震えた彼の指が、私の指を捕まえる。まるで壊れ物を扱うように、とても優しく握られた手。私のそれとは違う、大きくてあたたかくて、節ばっていて少し厚い、男の人の手。


「わかれや、くそ…」


小さな呟きと共に俯いた彼の顔は見えない。私の肩へ額が預けられ、つんつんとした髪が首筋に触れる。反対の手で撫でてみると、想像していたよりもずっと柔らかかった。
とくとくと勝手に高鳴る胸の内を宥めることが難しくて、どうか聞こえていませんようにと願う。


私の個性が、人の心情を読み取れるようなものだったなら良かった。そうしたら、多くを話さない爆豪くんの気持ちも、怪我が多い訳も、私がいる時に訪れる意味も、今こうしている理由も、全部わかってあげられるのに。


「言ってくれないと、わかんないよ」


残念ながら私は、このあたたかい手のひらや、体内に走る痛みを癒すことしか出来ない。もどかしさと、歯がゆさ。いつからか、彼にだけ変な動きをするようになったこの心臓も、私にはわからない。


「……てぇ」
「ん…?」
「痛ぇんだよ」


やんわり握られていた手が、まるで離さないとでもいうように強く握り直される。引き寄せるように誘導されたのは、たぶん、胸のあたり。彼の指が手首を滑って、やっぱり優しく掴まれた。
しっかりとしたその胸元に当てている手のひらから伝わるのは、平常よりも速い鼓動。私と同じで、時折変に、脈を打つ。


「ここが痛いの?」
「ん」
「いつも?」
「てめえといる時だけだわ。言わせんなくそなまえ…」


初めて触れた鼓動。初めて知らされた痛み。初めて呼ばれた名前。ここまで教えられて気付けないほどの鈍感さは、あいにく持ち合わせていない。

不器用な爆豪くんらしさが途端に愛おしく感じて、体温がほんのりあがる。


ねえ、私も一緒だって言ったら、一体どんな顔をしてくれるの。


広い背中に、自由な片手を伸ばす。驚いたのか、一瞬拘束が緩んだもう片方の手も、同じように。抱き締めてみれば、痛みを和らげることが出来るんじゃないか。そう思ったけれど、逞しい爆豪くんが私のちっぽけな腕の中におさまる訳もなく、結局抱きすくめられてしまった。

この際、顔は見えなくていい。
肩越しに映る、いっそ眩しいほどの鮮やかな夕焼けに目を細める。


「やっと、わかったよ」


多くを話さない爆豪くんの気持ちも、怪我が多い訳も、私がいる時に訪れる意味も、今こうしている理由も、全部、わかったよ。


「私が治してあげる。だから、これからは怪我しなくて良くなるね」






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