片隅に残る面影




中学の頃、爆豪勝己というクラスメイトがいた。
彼は立派な個性を持っていて頭もよく、なんでも器用にこなすスーパーマンのような男だったけれど、人間としてはとても最低な部類で、先生にバレないよう、上手く同級生を虐めていた。

特に興味はなかった。

クラスメイトがクラスメイトに虐められて泣いていようと、私に被害が及ばなければなんでもいい。特に欲しいものもない。へらへらと上っ面の笑顔を振りまく女も、見るからにやんちゃそうなケバい女も、男に媚を売るぶりっ子も、教室の隅で陰気な空気をまとっている真面目な女も、私には必要のない存在だった。

自分さえ良ければそれでいい。
否、自分にすら興味がなかった。
全部、どうでもよかった。

そんな私もまた、爆豪勝己と同じ、最低な部類の人間だったからだろうか。


「俺と付き合え」


なかば引きずられるように来た体育館裏。衝撃的な言葉が右から左へと抜けていく。

類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだ。私の何がこの男の目に止まったのか。特別目立っていたわけでもなく、ブサイクではないと自負しているものの、マドンナになれる程の顔立ちでもない。背は低く、男が好むような体付きとは程遠い上に、性格だってこの通り可愛くない。おまけに話したこともないような間柄だった。


「ごめんなさい」
「あ"?」


眉間に深く寄せられたシワ。
吊り上がった目に凄まれ、手のひらを上に向けたその右手からぱちぱちと弾ける音が聞こえる。そういえば彼の個性は爆破だったなあ。


「私と付き合ったって、楽しくないよ」


愛とか恋とか友情とか、よくわからない。そんなものにいちいち振り回されて、自分の心がボロボロになっていくのなら、最初から何もいらない。

私はそういう人間で、だからこそ、誰かに影響を与えもしなければ、与えられもしなかった。からっぽ、と言う表現が一番近いだろうか。器だけの、打っても響かない私と付き合ったって、爆豪の時間を無駄に消費するだけ。私は誰にも興味を持てない。


彼は右手をポケットに突っ込み、至極不機嫌そうな顰めっ面のまま「んなこた俺が決めんだよ」と吐き捨てて帰っていった。

その時はよくわからなかったのだけれど、それから卒業までの間、声ひとつかけられなかったので、きっと上手く断れたのだろうと電車に揺られながら思い出す。


あの告白から約一年。


相変わらず死んだ感受性とともに生きている私は、大学へのエスカレーター式目当てで女子校へと進学し、爆豪勝己は教室で豪語していた通り、雄英高校のヒーロー科へ入ったのだと、先日のテレビで知った。

そうして今、開いた電車の扉から入ってきて、私の目の前に立った雄英生こそが爆豪勝己だ。
こんな偶然もあるんだなあ、と片方のイヤホンを取れば、赤い瞳とかち合った。


「背、伸びたね」
「…座ってて分かんのか」


少し遅れて降ってきた辛辣な言葉。あの頃、いつも教室で聞こえていたその声は少し大人びて響いた。

「久しぶり」と言えばぶっきらぼうな返事が寄越されるあたり、私のことを忘れてはいないらしい。何を話せばいいのかわからないまま、爆豪との間に流れるのは沈黙。


そこそこ満員の電車はいろんな音で溢れていて、三半規管が圧迫される。自分など、大勢の中のひとりでしかないのだと思い知らされる。嫌いじゃない。けれど、好きでもないこの空間で彼と会うのは初めてだ、とぼんやり思う。


いつもは違う時間に乗っているのだろうか。
それとも違う車両なのだろうか。

不思議。
何にも興味がなくて、誰が何してどうなろうとどうでも良くて、自分のことすら何だって良い私が、爆豪に対しては、会話をしようと頑張っている。でも、言葉は出てこなかった。



お互い何を話すでもなく電車は知らない駅に着き、そうしてまた次の駅へと走り出す。だんだんと人が減って、音が少なくなる。
私の隣に座っていた人がおりると、入れ替わるように爆豪がどさりと座った。


「いつもこの電車なんか」
「うん。委員会がある時はもうちょっと遅いけど…爆豪は?」
「似たようなもんだ」
「そっか。雄英おめでとう」
「ハッ、今更かよ」
「タイミングなくて」


でも、言いたかったの。

そう顔を上げると、いつも人を睨んでばかりの瞳が面食らったように丸められて、すぐに逸らされた。


「どこだ」
「え?」
「高校どこだっつっとんだ。分かれや」
「ああ…雄英の隣が最寄り駅の女子校なんだけど、どこって言われると難しいかな」


ふうん、と相槌を打つ爆豪は、自分から聞いてきた割に興味がなさそうだ。

他に聞きたいこともないのか、彼が黙ると、電車の揺れる音が大きくなったような気がした。


目的の駅に着いて、なんとはなしに並んで帰路につく。爆豪の家は知らないけれど、きっと一緒の方向なのだろう。

それにしても、中学の頃に比べて随分と雰囲気が落ち着いた。歩く速度も歩幅も、平均より小さな私に合わせてくれている。
こんな気遣いも出来たのかと些か失礼なことを口走ってしまいそうになって、慌てて飲み込んだ。


「雄英楽しい?」
「別に楽しかねえわ。まあ、クソたりい五教科よりかはマシな授業がある程度だな」
「どんな授業があるの?」
「救助訓練とか演習」
「おぉ…ヒーローっぽい」


さすが天下の雄英高校ヒーロー科。
ヒーローになるための基礎という基礎をビシバシ叩き込まれるのだろう。爆豪はいろいろと器用だから何でもそつなくこなすに違いない。
今でもテレビ放映されているくらいだし、その内こうして話すことも出来ないほど、遠い存在になるのだろう。

少し寂しいような、何とも言えない感情がすっぽりと胸を覆う。不思議。爆豪といると、不思議なことばかりだ。


「あ」
「あ?」


私の声に反応した、彼の足が止まる。
いつの間にこんなに歩いていたのか。私の家があるマンションは、もう目と鼻の先。


「私の家、これ」


マンションを指差すと、爆豪は軽く頷いた。「じゃあな」と片手をあげて、私の返事も聞かずにさっさと歩き出した背中は、すぐに見えなくなる。

もしかして送ってくれたのだろうか、なんて、彼に限ってそんなこと。

だんだん暗くなってきている空を尻目に、オートロックを解除して、エレベーターに乗った。




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